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電車は公共の施設です。
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私の周りの変な人たち
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二人で話をしていて、突然誰かが違う話題にもってきたりしたら、それはたぶんその人がそのことをずっとか、あるいはぱっとひらめいたかで、考えていたことなんです。 テレビを見ながら食事をしているときに、突然『今日のおかず、なんにしようか?』と聞くことがあります。 グルメの番組だけじゃなくてテレビに出てきた材料を見て、『これがいいかなぁ〜?』と思ったりしていたんですよねぇ〜。 聞かれたほうは、『えっ!』と思うけど、それほど時間がたたないうちに『そうだねぇ〜。鍋物が食べたいかなぁ〜・・・』と答えてしまいます。 最初は、何でこのタイミングにこんな質問をするのだろうかなぁ〜と考える人も、その一瞬だけで、後はその話題に関心が移っていたりするものですね。 ある人が突然、それまでとは関係ないことを言ったりした場合は、何かその奥にその人にそうさせる原因が必ずあるんです。 『なぜなんだろう?どうしてその人はそんなことを今のタイミングで話すのだろう?』とよ〜く考えてみたら、けっこう面白い発見があったりするかもね!^^; |
カミさんと年賀状の準備をしてました。 来年の年賀状を書くために、今年の年賀状と去年の年賀状を振り返りながら・・・ 今年は「ねずみ」年で、去年は「いのしし」年でした。 ちなみに十二支とは・・・ 暦法で、子(し)・丑(ちゅう)・寅(いん)・卯(ぼう)・辰(しん)・巳(し)・午(ご)・未(び)・申(しん)・酉(ゆう)・戌(じゅつ)・亥(がい)の称。これらを12の動物にあてはめて、日本では、ね(鼠)・うし(牛)・とら(虎)・う(兎)・たつ(竜)・み(蛇)・うま(馬)・ひつじ(羊)・さる(猿)・とり(鶏)・いぬ(犬)・い(猪)とよぶ。 あっき〜がパソコンで印刷をするのですが、カミさんがカミさん関係の分を取りまとめていました。 でも、ちょっと変なんです。 あっき〜の分を整理しようとしておかしいことに気がついたんです。 今年の年賀状を優先して選び出すのにカミさんの今年の年賀状が混ざっているんです。それもたくさん・・・ なんで〜??ってきいたら、カミさんは年賀状が今年のか、去年のか、干支の絵を見て分類してたそうです。 郵便切手を貼る部分の干支です。 普通、今年のか去年のかなんて分けるとき、西暦とか平成○年とかはがきに書いてあるのでそれで分類するよねぇ〜。 カミさんは、勘違いして今年は「いのしし」年と思っていたそうです。 ところで、あっき〜たちはいつも連名で出すんですが、もらった年賀状を見てると夫婦連名とか子供がいれば子供も連名で書いてあることが多いようですよねぇ〜。 毎年来る年賀状で、連名だったのが本人一人の名前になってたら、ちょっと「あれぇ〜・・・」って思っちゃいますよねぇ〜。 離婚したのかなぁ〜・・・とか 実際、夫婦二人に関係している人たちには連名でもいいのですが、お互いがそれぞれ殆ど知らない人に対してはそれぞれの名前で出したほうがいいのじゃないかなぁ〜と思ってます。 新婚時代に仲がよくて連名で書いてたのが、もうやめられなくて・・・もあるし、パソコンで作っているのでお互いの名前に訂正するのもちょっと面倒だしなぁ〜・・・なんて思っています。 そんなこと思ったことありませんかぁ〜? ところで、カミさんは自分の関係している年賀はがきはちゃんと自分で分類して別の箱の中に閉じこんでいるんですが、・・・まぁ、それはそれでいいんですけど・・・ 連名で書いてあるし、輪ゴムでくくるなりして同じ箱に入れとこうよぉ〜といっても、なぜだか別の箱に入れてしまうんです。 カミさんは、自分でわかるように整理しているようなんですが、あっき〜から見たら、あっちゃこっちゃになってて、とても分類整理されたようには思えません。 でも、彼女の頭の中では整理されてるんでしょうねぇ〜。表面的概観上はばらばらなんですけど・・・ なんかちょっと越えられない溝があるようで・・・??困ったもんだなぁ〜とか・・・??(別に困らなくてもいいかもしれないけどね・・・)^^; |
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てぃんはとても心が不安定で、恐怖心が強いのです。 人生において、安全確実で予測がつくものと、挑戦的だけど予測できない不確実なものの二つをバランスよく持っていることが大事だと思います。 つまり、セキュア(予測できること)とチャレンジ(新しいこと)をどのように行うかが人生を豊かにするかということだということです。 ただセキュアベースとしての安全基地が固められてこそ、チャレンジができるようになる。 てぃんは新しいことに積極的にチャレンジしているかというと、不確実なことは不安でしょうがないようで、それが考えられないくらいひどいもののようです。 子供の頃に直面するのは初めての事だらけです。 電車に乗ったり、お買い物に行ったり、などなど・・・。 初めてなので不安もあるけど、好奇心もあったと思います。 不確実性に立ち向かうことは新しい可能性を探ることのようです。 でも、こどもはどうして不安を乗り越えることができたのかというと、安全基地があってそこに逃げ込むことができたからです。 多くの子供の安全基地になるのが親だそうです。 その安全基地の役割も、子供があくまでも自主的に挑戦しようとすることを、後ろからそっと見守ってあげることです。 ところが、親が子供にあまりにも自由にチャレンジすることを認めずに、あれやこれやと指図をしたり、また、絶対失敗しないようにあらかじめ失敗する可能性を封じ込めておく閉鎖空間の中ではチャレンジ精神も萎えてしまいます。 てぃんはこのセキュアベースがうまくできてなくて、かたくなに今までのやり方を守ろうとしたり、がちがちに弱い自分を守っているような気がします。 確かに親はあれをしちゃいけませんとか、こうしなさいとか、また子供が失敗しないように先回りしておせっかいになったりとか、そんな育てられ方をしたので、自発的にチャレンジする訓練ができていないように思います。 だから、てぃんはいつも不安で、私がいないとパニックになるようなのです。 だんな元気で留守がいいくらいになってくれとはいわないけど、てぃんの不安と恐怖はいつまでもなくなりません。
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