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2005年の12月に、骨髄異形成症候群という難しい病気にかかってしまった父ですが、 白血病に進行、悪化したため・・・ 残念ながら6月20日に私たちの元から旅立ってしまいました。 前回の危篤に立ち会っていたため、今回の事態は予想していたこととはいえ やはり実際に訃報を聞いたときはショックでした。 ちょうど20日は午前中打ち合わせのため、社外にいたのですが、 職場に戻り、急ぎの用事をすませて急いで帰宅し、実家へと戻りました。 自宅にて父が寝ているのを見たときは、 まだ眠っているようでとても亡くなったとは信じられませんでした。 最後、血中の酸素濃度が30ほどしかなく、かなり呼吸が苦しかったと思いますが 父の顔は意外と穏やかで微かに微笑んでいるようにも見えました。 「お父さん、お疲れ様・・・」 そう声をかけるのが精一杯でしたね・・・・ 葬儀の手配や親族への連絡、弔問の対応など、慌しく時間が過ぎていき、 いつのまにか通夜、告別式が終わりました。 22日のお通夜、23日の告別式には遠方からも大勢の方がわざわざ足を運んで頂き、 本当にありがたい気持ちでいっぱいでした。 何かと忙しい私たちに代わって、食事の支度をしたり、甥っ子2人の子守りをしたり、 遠方から来た親類の送迎をしてくれたmさんにも本当に感謝です。 葬儀の清算、仏壇、位牌、墓石の選定、購入など今も慌しく事が運び、 これからは父の死去に関する事務手続きが続きます。 今週いっぱい、私は実家でそれらの事務処理を手伝う予定です。 最後の1年半は病気との闘いで大変だったと思うけど、 63年という、人生は父にとって結構幸せだったのではないかな? 笑顔の遺影を見て、そう思いました。 お父さん、ありがとう。
そして、さようなら。(*^ー゚)/~~ |
骨髄異形成症候群
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皆様、ご無沙汰です(*^ー゚)/~~ 「父の入院が決まった話」の後、しばらく更新が空いてしまい、ご心配をおかけしました。 一時はもうダメかな・・・とも思いましたが、現在は安定した状態になり、 ようやく私も病院暮らし(?)の日々から帰還しました^^ ヨカターヨ・゚・(ノД`)・゚・ さて・・・・ 5月27日に3度目の入院となった父ですが、 29日あたりから高熱と白血病細胞の増加が原因となる脾臓の痛みを訴えており、 何だか怪しい雲行きになってきておりました。 1日の午後、会社を午前中で早退し、土日様子を見るつもりで実家に行ったのですが、 がんセンターにて先生の話を伺った所、かなり危ない状況とのこと。 これまでは、白血病細胞もあったものの、正常な白血球細胞の数も結構あったため、 それらがある種共存する形でうまくバランスが保たれていたのですが、 5月くらいからそのバランスが壊れ始めて白血病細胞が異常に増えてしまったのだそうです。 入院後は、抗がん剤により白血球の数を減らす治療をしているが、 敗血症のため、かなり体に負担がかかっているとのこと。 今後は積極的な治療は控え、痛みを抑えるためのケアを中心とすること、 そして、容態の急変もあり得ることを説明されました。 夜間も目が離せない状況になっているため、 母は金曜日から病室に簡易ベッドを入れての付き添いとなりました。 病室での父は酸素吸入しているにもかかわらず、とても苦しそうでした。 トイレに立つのも体力を消耗するため、排尿はカテーテルから行うものの、 痛い、痛いと何度も涙ぐみ、意識が朦朧としながらもトイレに立とうとする姿には 見ていて涙が出てしまいましたね 。゜(゚´Д`゚)ノ。 夜間もそんな感じだったので、母は夜ほとんど眠れなかったようです。 そして、6月3日。 母が一度家にお風呂&洗濯に戻って私が病室に残った時、父が呼吸が苦しと訴えたので、 急いで看護師さんを呼び酸素濃度を上げてもらったのですが、血中酸素濃度が上がらない! 看護師さんに、「奥さん、すぐ戻れますか?容態が急変しているので・・・」と言われ、 あわてて母に電話して戻ってきてもらいました。 「もう、十分頑張ってるので、できるだけ苦しくないようにしてもらいたい」 という我々の希望のもと、「呼吸は楽になるけど、心臓が止まる可能性が出てくる」 という点滴を祈る思いで入れてもらいました。 ようやく楽に呼吸ができるようになった父の姿を見て、 ああ・・・こういう状態だったら、会社休めるならできるだけ私も病院にいよう・・・ お母さんも疲れているし・・・。 という気持ちになり、上司と相談したところ1週間休ませてもらえることになりました。 アリガト!(´▽`) 夜8時に病室の簡易ベッドで就寝(といっても実際には9時過ぎかなぁ..)する母を 3時に起こして交代し、9時に起きる私。 2人でやらなかったら大変だ。 火曜日くらいまでは予断を許さない状況だったのですが、 木曜日くらいからようやく安定してきて、食事も少しですができるようになりました。 先生と相談し、そろそろ夜は付き添いしなくても大丈夫ですね! ということになったので、私は日曜日に家に帰り、月曜日から仕事にもいけることになりました^^ 大変な1週間でしたが、父と母と3人でずっと一緒に過ごす時間は本当に久しぶりでした。 父の容態がかなり安定してきた金曜日以降はゆっくり話をしたりして 何だかとても懐かしい時間を過ごすことができました。 病気が回復しているわけではないのですが、 カテーテルに流れる尿の色が徐々に綺麗な色になってきたのを見ていると、 あぁ、ある種のバランスが回復してきたのだなあ・・・ とホッとしました。 疲れたけど、ほっとした・・・。今はそういう心境です。
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2005年の12月に発病した父の異形成症候群。 昨年の夏はかなり心配な状況になりましたが、何とか窮地を脱して、10月から自宅療養していました。 先週末は2人で私の実家へ行っていたのですが、父はあまり調子がよくなさそうでした。 任天堂DSの「えいご漬け」に奮闘する我々を横目で見つつ、 「お手本の英語の発音が悪くて、こりゃ、聞き取れない・・・」 などと、よく分からないコメントをしていましたが(笑)、声の調子もどこか弱弱しかった。 ちょっと2人になったときに、 「お父さん、もう少し何とか生きてみようよ。」 という私の言葉に、 「もう、これくらいでいいだろう?結構がんばったしな。」 といつもの淡々とした口調で答える父に、何と答えたらよいのか一瞬つまってしまいました・・。 でも、 「まだお母さんを1人にしたらダメだよ」という言葉にはちょっと笑って、 「・・・・そうだな。」 と答えてくれました。 そして、今日家から電話があり、痛みで夜眠れない&熱があるので病院へ行ったそうです。 父の7ヶ月の自宅療養は終わり、今日からまた入院となりました。
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土日は父の具合を見に、実家へ帰ってきました。 骨髄異形成症候群という病気はなかなかに手ごわく、完治するのはちょっと難しい病気ですが おかげさまで今の所は自宅での抗がん剤治療が出来ています。 血小板の数値は相変わらず低いのですが、血色素の数値が上がってきたらしく、 ヘモグロビンさん増えてくれて有難う!って感じですね。体調は良さそうでした。 そして、庭には春の気配が! ぼたんの蕾が大きくなってきていたし、 クロッカスは黄色の鮮やかな花を咲かせていました。 庭の片隅には「ふきのとう」も顔を出していました! もう春ですね! 今日はちょっと寒さが戻ってきましたが、この後は桜の季節ですね。 東京の桜の開花予想は来週。 どうなるかな?
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今日は3人の著名人の訃報記事を見かけました。 【女優の岸田今日子さん】 私にとっては、子供の時に好きだったムーミンの声を当てていた方です。数年前に映画「八墓村」に出演していて何もしていないのに怖かった!という記憶がありました^^;個性的な女優さんですよね。脳腫瘍(しゅよう)による呼吸不全のためになくなったそうです。 【カンニングの中島さん】 2004年に急性リンパ球性白血病が発覚してから、闘病生活を送っていましたね。相方の竹山さんが1人で頑張っていましたが、とうとう二人によるコントを見ることは出来ませんでした。骨髄移植による治療を行っていたようで、復帰の記事もあったのに残念です。 【元東京都知事の青島幸男さん】 このニュースに一番ビックリしました。病気だということ自体全く知りませんでしたが、その病気が父と同じ病気ですからね・・。今はうちの父も一時退院して自宅で治療を行っていますが、他人事ではないですから。 それにしても、今年は自分にとって馴染み深い著名人の訃報が多かった気がします。
自分が年をとった分、子供の頃によく知っていた著名人も年をとっていますので当たり前なのですが、 何とも寂しい気持ちになりますね。。。 |




