九死に一生を得る

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全1ページ

[1]

救急車の中ではどこの病院に運ばれるのだろうか?と考えました。 一番近くの救急病院のA病院だろうなと思いましたが、尋ねてみるとやはりその通りでした。 しかしその病院には遥か昔のことながら良くない思い出があったのでした。 大学入試の1日目の帰り道に交通事故に遭い搬送されたのですが、レントゲンを撮っても診てもらっても担当医師は骨折を見つけられなかったのです。 まあ、このことはずっと前のことですからよしとしても私には1型糖尿病という持病があり、これは一般的な2型糖尿病とは別の病気で、糖尿病専門医でなければ知識がないことが多いのです。 持病に対する知識と配慮が不十分なままに治療を受けた場合は思わぬことが起きないとも限らないので、持病のかかりつけのB病院に行って欲しいと頼みました。 しかしかかりつけ病院は少し遠いこともあり、まずは近くのA病院に搬送するということでした。
A病院では胸のレントゲン写真を撮り、脳のCTもしくはMRIの断層写真を撮ってもらい、採血されました。
医師から持病について聞かれ、1型糖尿病であることとインスリン製剤の自己注射を行っていることを伝えました。 インスリン製剤にはいろいろな種類があるのですが、自分が使用しているものと回数タイミングを話したのですが、ドクターにはあまりなじみがないようでした。 やはり私の持病にはこの病院では不十分だと感じましたので、対応してくださった医師にかかりつけのB病院で持病とともに心臓についても治療を受けたいと頼んだところ、B病院に連絡をとってもらいました。 すると運よく受け入れ許可を出たとのことで、また救急車で転送されることになりました。
転送中の救急車の中では蘇生に使われたAEDが記録した心電図を車内のFAXで受信を試みていました。 車内で送受信できるとは数十年前の救急車の乗ったことがある私にはとてもハイテク救急車だなと感心したのですが、実際に受信しようとしたら、長い間使っていなかったとのことで結局はうまく受信できず、心電図は直接搬送先のB病院にFAXされることになったのでした。 便利な機械があっても使いたいときに使えないと意味ないじゃないかとちょっとがっくりし、また使いたいときに使えないのが救命装置そのものだったらこわいなと思いました。
そうするうちにかかりつけのB病院に到着したのでした。
 気が付いたのは胸を押されていて少し苦しいという感覚があったのが最初ですが、そのときは何が起こったのかはさっぱりわかりませんでした。 気を失うという経験自体がそれまでありませんでしたので、睡眠から覚めたような錯覚がまず起こりましたが、眠る前の記憶がありませんし、どこにいるのだろう?という疑問と何が起こったのかを理解しようと務めました。 次の瞬間にはプールに行ったことは思い出せましたが、帰宅してことは思い出せません(当然ですが)。 とにかく眼を開けようと思いましたが開けることもできませんでした。そのときはなぜ目覚めても眼を見開くことができないのかも理解できませんでした。
どれぐらいの時間が経ったのかのはわかりませんが、次第に意識が戻ってきて周りが見えると自分が倒れていることがわかりました。 起こったことの深刻さがわかっていなかった私は起き上がろうとしましたが力も入らず、またフィットネスクラブのスタッフも「動くな」と止めるので、そのまま横になったままでいました。 そうしているとスタッフの方々は私が倒れてから意識を回復するまでのことを話してくれました。
 それはプールサイドで急に倒れたので近寄ってみると痙攣と腕が曲がった状態で身体が強ばってしまっていたとのことでした。 それで脈を確認するとまったくふれていなかったということで、館内に備え付けられていたAED(自動除細動器)を持ってきて私に取り付けたそうです。 そうするとAEDは自動で診断して電気ショックを作動させるとアナウンスをし、電気ショックが動作したとのことです。 AEDの取り扱い訓練は毎年講習を受けていたスタッフも実使用は経験がなく、電気ショック動作後は本当には知らなかったので、電気ショックを与えても蘇生しなかったことには驚いたようでしたが、AEDのガイダンスの「必要に応じて心臓マッサージをしてください」で胸部を圧迫してみたところ10回ぐらい繰り返したところ蘇生したことがわかったようです。
そのことと共に「倒れるときに頭部を打ったみたいが痛みは無いか?」と尋ねられました。 私の自覚では痛みはまったくなかったので痛くないとは答えましたが、心臓が止まってしまって失神するという大事が起こっていたら、脳への影響が無いとは限らないことはわかりましたので、「自覚では」痛くないとこんなときでも言い訳めいて答えていたのでした。
 そうこうしていると救急車のサイレンが聞こえ、救急隊がやってきました。救急隊はスタッフから私が受けた説明と同じことを聞くとともに私を担架に載せて救急車へと積み込んでいきました。
翌日の31日からは信州の友人宅を訪問する予定になっていましたが、いつもと変わりなく仕事から帰ってご飯だけを食べてフィットネスクラブのプールに泳ぎに行きました。
夕方のプールは6時30分から遊泳できるのですがこの日は開始時間を入り口で待って時間になると同時に泳ぎ始めました。
プールで泳ぐ距離は体調が良ければ3kmですが、その日の具合に応じて短縮することもあり半分の1.5kmで切り上げることもありました。 泳ぎ出すと通常は0.5kmぐらいからきつく感じることがあっても1kmを泳いだ頃にはその辛さも峠を越えるように楽になって後はマイペースで泳ぎ続けて3kmで終了するという感じで、1.5kmに短縮するときはその1kmの峠越えがちょっと辛いと感じたときに半分で止めていたのでした。
ところがこの日7月30日は泳いでいて1kmの峠を越える感覚も以前よりも身体にきつく感じていましたので、翌日からの旅行のこともあるしここは無理にいつもの短縮距離の1.5kmまで泳ぐよりも1kmでストップすることにしました。
身体にきつさを感じながらもとにかくキリの良い距離の1kmまで泳ぎ切り、泳いでいたコースの振り返ってみると普段よく一緒に泳いでいた方の姿を認めました。 普通ならば泳いだ後は運動で熱くなった身体をプール内で冷やすのと知り合いと挨拶がてら話をするのですが、その日はなんとなく早々にプールからは上がってしまいました。
プールから上がると洗眼台に行くのですが、台の縁に腰掛けてプールのほうを振り返ると、先ほどの知り合いの方も私が泳ぎ終わったのに気付いてか、一旦コースの端で立って私のほうを見ていましたので、先に泳ぎ終わって帰ると挨拶しました。 すると彼女も上がって話しかけてきました。
「いくら泳いだ?3km?」と私のいつものメニュー通りかと尋ねられて、私は「今日は1kmだけの特別の短縮距離だ」と答え、最近は来館が1日おきで運動頻度が減った上に、火曜日と金曜日は泳がず筋トレだけをしに来る日にしたので泳ぐ量はずっと減ったことをちょっと言い訳っぽく話しました。
すると彼女は筋トレについて反応してくれて「その分身体つきが前よりもがっしりしてきたように見える」と言ってくれました。 それについて一瞬どう返答しようか考えた瞬間、強い立ちくらみのようなものに襲われました。 あっ、立ちくらみだと思ってとっさに頭を下げようとしたつもりでしたが、そのまま意識を失いました。

本日、退院しました。

先月30日に倒れて緊急入院してから3週間が経ち、何とか無事退院することができました。

入院中もベッドサイドにはインターネットを見ることができたのですが、何しろキーボードの
代わりが画面に表示されるタッチパネル式ソフトキーボードだったので、タイピングというの
は実質的には不可能でした。

入院日記を書けたらと思っていたのですが、これからおいおい思い起こして書いてみようかな
と考えています。

プールで泳いだ後、意識を失い救急搬送され、そのまま緊急入院となりました。

キーボードが揃ったらもっとくわしく書き直します

全1ページ

[1]


.

ブログバナー

クルンテープマハーナコーン
クルンテープマハーナコーン
男性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

過去の記事一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事