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今春、高麗神社で行われた「高麗郡建都1300年祭」の行事に行ったとき、高麗神社に伝わる文化財などが展示されていました
その中で、関心を持ったのが、再現された「護摩壇」でした
どうして??神社に護摩壇があるの?
護摩壇といえば、仏教(密教)などで、智恵の火で煩悩の薪を焚き、御本尊に祈る場所(法具などを含む)ではありませんか!
説明を見ていくと・・
御祭神の子孫である高麗氏は、平安時代から江戸時代末までの約700年間、修験者として大宮の別当職を世襲しました
とありました
江戸時代の大宮寺(高麗氏)は、江戸幕府が定めた天台宗系の本山派として、聖護院門跡から免許状を受けていました
当時は、神仏習合思想により、神前読経など神社の祭祀を仏式で行っていて、その主催者を別当(社僧)と呼んでいたそうです
高麗明神(高麗神社)は、平安時代に「大宮(おおみや)」号を許され、「高麗大宮大明神」「高麗大宮」「大宮」などと称されました
その別当寺を大宮寺(だいぐうじ)といいました
今までに、神仏習合のお寺には数多く参拝していますが、お寺を主として考えていて、神仏習合の神社への関心は少なかったと思います・・
神社に護摩壇があったということは全く知りませんでした!よ
* 高麗神社 埼玉県日高市新堀833
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