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戦艦大和の乗組員だった小島清文海軍中尉は大和出撃の一か月前転戦を命じられ フィリピンルソン島へ送られる。 そこでは地獄の戦闘も終盤に差し掛かりすでにマニラは陥落していた。 山奥のジャングルに配備されていた小島中尉の45名の部隊も総攻撃を受けわずか5名になっていた。 ここでは本書のあらすじを省略、リアルな投降部分の様子を抜粋してみた。 弾も尽き食糧もなく私は投降を決意。4名の部下を連れ山を下ることにした。 歩き続けて3日目、私には見えなかったが池山兵曾が「隊長!あそこにトーチカが見えます。」 言うなや、全員身を伏せた。我々は捕虜志願で山を下っているのに身を伏せるのもおかしな話だ。 山田一水を先頭にパラシュートで作った大きな白旗を掲げトーチカまで歩いていった。 あと50mだというのに敵は気付かない。しかし道路が出来ており、戦車やトラックのタイヤの跡がある。 どうやら敵はここを移動したらしい。 なぜかホッとしてまた歩いて行った。 しかし、米兵との遭遇は予期せぬ状況で起こった。 道路の曲がり角に差し掛かった時、 わずか数十メートル先に2人の米兵が左手にコーヒーを右手にパン を持って朝食の最中だった。 アァ・・・ジャップ!と悲鳴をあげコーヒーとパンを投げ捨てトーチカ裏の小屋に逃げて行った。 せっかく捕虜志願で来たというのに逃げられたのではどうしようもない。 しかしすぐさま30人ほどの米兵が小屋から躍り出てきた。 あっという間に我々は周囲を囲まれ銃口を向けられた。 隊長らしき兵隊が銃を向け警戒しながら近づいてきた。 私はやっと冷静さを取り戻した。 「そうだ!みんな武器を地面に置け!」 「銃と手りゅう弾を地面に置け!」 「みんな両手を上げるんだ!」 これでやっと我々は国際的な投降スタイルになった。 本来私は投降の仕方など知らなかった。 白旗だけで銃を持ち武装してたのだから撃たれなかったのは運がよかった。 池山兵曾が「隊長、何か食わせてもらえないか頼んでもらえませんかねぇ。」 私は言った。 「みんな腹が減っている。何か食べるものが欲しい」 捕虜第一声が腹が減ったとは情けない。 米兵たちが互いに顔を見合わせた。「あいつ英語を話すぜ。」 隊長らしき男が言った。「おまえはどこで英語を習った?階級は何か?」 私は言った。「英語は大学で習った・・・下手だけど。私は海軍中尉だ。」 海軍? 日本海軍は今何処にいるのだ? 私はジョークのつもりはなかったのだがこう言った。 「ジャパニーズネイビーイズクライミングザマウンテン、日本海軍は山に登っている」 隊長らしき男はプッと吹き出し、「この男は上手い冗談をいう。」 途端に緊張して銃を構えていた米兵たちがいっせいに大口を開け大笑いをはじめた。 私の部下たちは意味が分からず米兵と私の顔を見てキョトンとしていた。 岩国へ月に4〜5日行きます。いたるところにこんな旗が立っています。 去年行った岩国市のとある駐車場に今年も元気な同じ猫たちがいました。 ふと隣を見るとおばさんが乗っている車の中で猫たちがご飯を食べていました。 よく慣れている理由が分かります。 まだ雪の残る広島県北部の庄原市 広島県南部の安芸津町からの眺め コンビニの喫煙灰皿にこんな標語が。 私も何度かやった記憶が・・・;(x_x) ☆\( ̄ ̄*)バシッ |

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