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博多出身の武田鉄也だがセリフ部分はどうも博多弁ではなく熊本弁ではないかと前から思っていた。
案の定やはり武田の母親も熊本出身だった。
私の母も怒った時などはこれと同じ早口の熊本弁がよく出ていた。
昔からこの歌を聴くとまさに自分自身の事のように思えてならない。
違うのは私の家はタバコ屋ではなかった。
もうひとつ違う点は私もフォークやロック狂いのバカ息子だったが母は何も云わずむしろ奨励してくれた。




召集がきた。
出張は年1〜2回程度だがこれまでは希望者を募っていた。
結局気の合った仲間同士で行くことになるので普通の出張は結構楽しい。
毎晩がお祭り騒ぎでにぎやかになるのは必至。
しかし今回は少し事情が違う。
上益城郡益城町に当社から3名の調査隊が行った。
予想以上に震災の傷跡がひどく地下工事班と警備で6名が2週間の予定で地下電話ケーブル等の張替えや補修などを行う。
短期間ながらハードな日程らしい。
社長が今回は工事班も警備班も精鋭部隊を送り込むと張り切ってた。
どういう経緯で広島からわざわざ行くのか分からない。
たぶん今回も社長がどこかと繋がっているのだ。
すでに全国から多くの同業者や警備が来てるらしい。

父母の出身は熊本県上益城郡。
多くの思い出と共にある熊本県上益城郡。
私のルーツであると共に今も心の故郷である。
破壊された心の故郷は見たくない。
と、云うより仕事でその場所には行きたくない。
そう、辞退することにした。
おかげでペナルティーを喰らってしまった。
ペナルティーは会社と個人の協定みたいなものだから仕方ない。
始末書などいくらでも書いてくれてやる。
4日間のうち3日も休みになってしまった。
不祥事やトラブルを起こした隊員ならともかく、急に休まされるのは初めてだ。
でもちょうど良かった。
気力はあるが体は相当疲れている。
なにしろ長時間低賃金の仕事。
プライベートな時間が少ない。
このままでは仕事のせいで人間も破壊されてしまう。
しっかり休ませてもらってむしろ感謝してる。
2年前の出張も行かなかった。
この時は普通の出張で仲間が熱心に誘ってくれたのはうれしいが理由を適当に誤魔化し結局断った。
一人暮らしでネコが4匹も家に居る・・・面倒を見るのは自分しかいない。
さすがにその事が恥ずかしくて言えなかった。




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1976  

母さんがやって来た  
岡山の下宿まで一人でやって来た 
なぜだろう 
俺 
一体どうしたんだ!? 
帰っていく後姿を見ながら泣いていた 
何度も振り返り 
涙で見えなくなった僕の母さん 



あの涙は  
悪童が大人になった瞬間だった  
それまで  
強がってただけのガキの俺  
本当は  
弱い男さ  
それはそれでいいじゃないか 






私のルーツ



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いつの時代も自然の猛威に人間は無力。
私のルーツである益城町の地震がずっと気になっていてしょうがなかった。
しかし、現実はクソ忙しくて振り返ることすら許されなかった。
しばらくして突然の会社命令で仲間の3名が現地へ行った。
私の方は連日の日勤夜勤などが続いておりそれどころではない。

最も被害の多かった熊本県上益城郡(かみましきぐん)まさにこの地こそが私のルーツ。
父母共にこの町の出身で結婚してすぐ広島に出てきて発生したのが私。
幼稚園のころから小学6年生までは毎年夏休みに両親に連れられこの上益城に帰っていた。
父母の出身は正確には上益城郡益城町のとなりの上益城郡矢部町(今は山都町に町名が変わる)
山都町は益城町よりさらに山奥で九州のほぼ真ん中に位置する。
多くの思い出が詰まった懐かしい第二の故郷である熊本。
今回の地震で私の心の故郷である上益城郡の名が全国ニュースで流れたことは大変な驚きであった。
連日報道される被害。
しかしここでは論点を変えこの地の私の想いを綴る。
特に母方の里は町から離れた山の中でまさに日本の原風景そのものだった。
近くの有名な通潤橋や阿蘇山には両親に連れられ何度も行った。
家の近くには大きな川がありそこで魚釣りしたり泳いだり、その川のつり橋を渡って駄菓子屋に行くのだけど橋の上で単独の子牛とすれ違ったこともあった。
一人の少年が橋の上で一頭の牛とすれ違うなんて今では考えられない。
この母方の里はまさに九州が誇る日本の原風景そのものだった。
田舎の紫蘇ご飯や焼き米はとても美味しくて楽しみのひとつとなっていた。
家の敷地にある牛舎で乳搾りをして絞りたての牛乳を飲んでいた。
あまり美味いとは思わなかったが・・・
家の裏山に行くと山道でウサギの家族がピョンピョン跳ねている。
初めて見るタヌキと目の前で遭遇し、互いにびっくりして見つめあいしばらく固まってしまった。
図鑑でしか見たことのない珍しいトンボがそこらじゅうにいる。
まだ一度も広島では獲ったことのないカブトムシやオオクワ方ガタが一本の木に何匹もいる。
小学生だった私は有頂天になり箱に2〜30匹ほど入れ持ち帰るが帰省中の列車の中で全滅していた。

母と同じ上益城郡にある父の実家は父の実兄夫婦が住んでいて、これがまたすごい。
実兄は熊本管区憲兵隊長の肩書きをもち、多くの勲章や表彰状がずらりと部屋に飾ってある。
戦時下とはいえ相当厳しい人だったらしく兄弟ですらみんな怖がっていたらしい。
敗戦を知った実兄は拳銃自殺を図ったが失敗。
弾は後頭部付近で留まり生死をさ迷った挙句、以後は手術で取るのは危険なため生涯ずっと弾が頭に入ったままだった。
私は子供ながらこの筋金入りの軍人だった爺だけが苦手でなぜか怖かった。
10年前亡くなった父を追うように兄はその一ヶ月後に亡くなった。





多くの思い出と共にある熊本県上益城郡。
私のルーツであると共に今も心の故郷である。





懐かしき母方の故郷。
60年以上も前、広島に旅立つ直前の父母。
この時まだ私は生まれておらず生後は毎年夏ここで過ごし写真の親戚の子たちに可愛がられよく遊んでもらった。
美男美女の結婚ということで当時父母は有名だったとか、よく周りの人たちに聞かされた。

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生まれ育ちが広島でも私は生粋の九州人の血統だと思っている。
しかし自分が九州男児などと思ったことは悲しいかな一度もない。
今思えば父は九州男児そのものだった。
温和で物静かな父だったが真面目で根性があった。
父の少年兵時代の写真が多く残っておりそれを物語っている。
父はよく話してくれた。ゼロ戦パイロットになりたかったが17歳で陸軍予備隊に召集された。
すでに戦況がよくないのは知っていたが戦艦大和がある間は日本が負けることなど絶対ないと本気で思っていたそうだ。
その大和があっけなく沈み沖縄が陥落してからは九州上陸に備え毎日毎日三八歩兵銃を持っての訓練と農作業にあけくれる日々だったようだ。
憲兵隊長の兄に影響され意気込みはすごく本土決戦で死ぬ覚悟だったらしい。
戦後米軍情報部が公表した機密文書にはどの戦区においても九州師団が最も勇猛果敢で最も手ごわかったことを認めている。
青春時代を戦時下で生き抜いてきた父とは違い平和ボケの私は今になって九州男児の父から学ばなければならない事の多さを知った。
熊本県人だった父母が戦中戦後を苦労しながら生き抜いてきたからこそ今の自分があるわけで、九州男児として名高い熊本県人は今回の災害も必ず近い将来復興を果たすに違いないと思っている。




なかなかセレブだワン。面白い光景だったので撮ってみました。
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天国の姫へ

姫はこの世から消えても意識はさまよってることだろう
もう私を探さないでおくれ
悲しまないでおくれ
猫の特性を存分に備えていた姫
どの猫よりもしなやかな体で俊敏
野生の狩猟本能は素晴らしく狙った獲物は一発で仕留める!
ワイルドながら上品で今思えばトイレをするところを過去一度も見たことがなかった
だから私は姫を尊重し、一度だって叱ったり怒ったりしなかった
そして姫も一度だって私を引っかいたり噛んだりもしなかった
もっともっと遊んであげればよかった・・・

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国家検定合格

国家試験の警備業務検定に合格して資格証(合格証明書)が公安委員会から地元警察署に送られてきた。
今後続けるならば自身のスキルアップとモチベーション向上には欠かせないとこれまでずっと思っていた。
合格基準は厳しいもので実技7種目すべて90点以上、学科も90点以上で両方クリアして合格。
数年前までは実技、学科ともに80点以上で合格だった。
10月初旬に事前講習を受け、中旬に2日間にわたる実技と学科の試験、11月中旬に発表があり合格通知。さらにこれまた多くの書類提出から1ヶ月経った12月28日に連絡があり受け取りに行った。
資格証を受け取るのに試験を受けてから実に2ヶ月以上もかかった。
さすが警視庁をも統括する国家公安委員会はかなり手厳しい。
ただ、資格を取っても給料はあまり変わらず僅かに上がるだけなので気分的に勉強は面倒で時間的にも余裕がない。
だから仲間の殆どの者は資格を手に入れたくても勉強が面倒で結果が不安なため、何かと理由をつけて実は受ける勇気がない。
と、云うより結構高い受講料と手数料等を会社が全額負担するため合格可能性のあるものしか会社は推薦しないのだ。


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普段は街の喧騒の中での仕事が多いけど今年は遠方日帰りの仕事が多々あり気持ちよく仕事が出来たかな。
中国山地の山々や瀬戸の島々はいつも静かで景色もよく心が洗われる。     


昔ヒバゴン騒動のあった庄原市(かつては比婆郡)と芸北の武蔵どんぐり村。
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廃屋の中からひょっこり出てきた兄弟猫?自分は監視されてたようです。近寄ると逃げていきます。
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とある牛舎。こちらも近寄ると逃げようとします。
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瀬戸の島々
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今日の現場から

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島根県境の広島県北部の町。
山に囲まれながらも広々とした景色は最高だ!
8月だというのに暑くもなくとても涼しい。
小川の水がきれいでとても冷たい。
子供の頃、毎年夏休みに行った父母の故郷を想い出してしまいます。
そしてこの絵。
懐かしさがこみ上げ、その頃にタイムスリップしたような錯覚に陥ります。
消えつつある日本の原風景がここにあります!
戦前からここに建ってたのだろう。
門柱には〇〇高等小学校、昭和3年と書かれています。
ところで・・・
今日も遅くなるけどニャンたちのご飯を途中忘れずに買って帰らねば。
 
 
今日と対照的な先々日の現場。広島最南部のクレアライン側道にて。海のすぐ向こうは広島市。
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はい、先ほど帰って参りました。
久々の携帯投稿だったので、うまく反映出来てるかどうか気になっていました。
ついでにPCで追記編集します。
留守番?のニャンたちにご飯を食わせましたよ。
さっそく仲良し親子はどこかへ出かけていきました・・・
出かけたと云っても・・・まっ、庭とか家の周りですけどね・・・ガビョ〜ン!(ノ*≧3≦*)ノ
その仲良し親子の最新画像だに。
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