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ディスカバージャパンの「武士道」はわかりやすく武士道について解説されています。その中に武士道は幼児教育からとの記述があり、今年の大河ドラマ「八重の桜」の舞台である会津藩の「什の掟」(什とは会津藩士の子どもの小共同体)が紹介されていました。
会津藩「什の掟」
1.年長者のいうことにそむいてはなりませぬ。
2.年長者にはお辞儀をしなくてはなりませぬ。
3.虚言をいってはなりませぬ。
4.卑怯なふるまいをしてはなりませぬ。
5.弱い者をいじめてはなりませぬ。
6.戸外で物を食べてはなりませぬ。
7.戸外で女の人と言葉を交わしてはなりませぬ。
8.ならぬことはならぬものです。
現代人に少なくなったものがこの「什の掟」には詰まっている。
私の子どもの頃は家庭や学校でも教えていたと思うのですが・・・
自由、尊重、個性などの言葉に隠されて大切なものを失ってしまっているではと思いました。
さて話は変わりますが、ある方から
会津若松は武田家臣子孫と関係が深いです。とお知らせ頂きました。
NHKの大河ドラマ「八重の桜」の主人公の会津藩士の娘の山本八重は、 山本勘助の子孫になります。
「山本家の遠祖は甲州武田信玄に仕えた山本勘助である。系譜をたどれば会津藩祖保科正之につかえた武田家ゆかりの山本道珍なる人物にゆきあたるが、道珍の祖先が山本勘助だというのである。
保科政之は徳川二代将軍秀忠の第四子だったが、信州高遠の藩祖保科正光の養子にむかえられ、寛永八年(一六三一)信州高遠藩三万石を相続、五年後に出羽最上藩に移封となり、さらに寛永二〇年(一六四三)会津藩二三万石の藩主となり、会津松平家の藩祖になった。 道珍は保科正之が信州高遠藩主だったころ、遠州流の茶師として江戸で召し抱えられている。 八重の山本家は道珍の次男の系列にあるのだが、いずれにしても先祖は藩祖保科正之の移封にともなって高遠から出羽最上へ、そして会津へとやってきたのである。」 戊辰戦争で会津若松城を攻めた板垣退助は甲斐武田家臣板垣方の子孫です。 乾氏(板垣氏) 乾家の初代加兵衛正信は、甲斐の武田晴信(信玄)に仕えた 部将板垣信方の孫である。正信の父板垣信憲がゆえあって改易されたのちに誅された事件があった為、籠居して乾氏に名を改めた。正信は長じて小田原征伐に陣借りして奮戦しその功によって山内一豊が遠江国掛川に封ぜられた天正18年に召抱えられた(掛川衆)。 江戸時代代々土佐藩士で、家格は馬廻役(上士)。家紋は、「榧之内十文字」 (戦国時代末期〜明治時代中期)、「土佐桐」(明治中期以降)を用いた。」 鶴ヶ城(会津若松城)の築城には、甲斐武田家臣とされる曽根内匠が関わっています。 「蒲生氏郷が文禄元年(1592)に家臣の曽根内匠らに命じ、甲州流の縄張を用いて郭を築き、天守閣・櫓を建て、馬出などを作った。竣工は文禄2年(1594)のこと。なお、このときに建てられた天守閣は、現在の白亜5層の天守ではなく、 秀吉が建てた大阪城と同じような黒い7層の天守であった。 近年の発掘調査で蒲生時代の石垣の基底部が確認され、鐙瓦(軒丸瓦) 宇瓦(軒平瓦)、鬼瓦の一部に金箔が貼られたものが出土している。」 歴史って面白いですね!
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いつもは初詣の後福袋の列に並んだりしておりましたが、今年はアクティブに(笑)
1月1日には静岡の御前崎へ寒かったですが富士山も綺麗に見えて
今年一年の良い幕開けと予感いたしました。
2日はなぜか長浜城へ休で中には入れませんでした(>_<)
折角来たのだからと近くの佐和山城趾へこの佐和山城石田三成の居城として有名ですがその前には
織田信長家臣丹羽長秀が治めていた時代がありました。
本能寺の変時に我が祖若狭武田元明公が旧領復帰をと明智光秀に呼応し攻め落とした城でもあります。
しかし、登城は容易でなく心臓が止まるかと思うほど大変でした(笑)ご先祖の気持ちを思いながら一歩一歩踏みしめて本丸まで到着その後は彦根の街を散策し、お風呂で汗を流して帰宅しました。
なかなか忙しい正月でした(*゚▽゚*)
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謹んで新年のお慶びを申し上げます
昨年は一方ならぬご高配にあずかり厚く
お礼申し上げます
今年も昨年同様のご厚情を賜りますよう お願いいたします
皆様のご健康とご多幸を心よりお祈り申し上げます 平成二十五年元旦 |

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今日からソフトバンクのiPhone 5でのテザリング(ブロードバンドルーター機能)が
始まりました!
そこで物欲KINGの心が揺れ動いています。
歳のせいかiPhone 5の小さなディスプレイでは見にくい!
これが欲しい↓iPadmini
今回はどこまで物欲と戦えるかな・・・
ところで皆さんは年賀状書き始めましたか?
年賀状は毎年受付初日には郵便局へ持参しております。
昨年不幸があり本年は20数年ぶりに年賀状をお送りできませんでしたので今年(来年分)はいつもより気合が入り3種類も作ってしまいました。
(*゚▽゚*)
今年も沢山のご縁が出来枚数も200枚になってしまいました(*゚▽゚*)
が新年のご挨拶ができる方が多くなる幸せを感じております!
年賀状は12月25日までにポストへ投函すれば元日には届くらしいので
皆様もお早めに(^O^)
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大河ドラマ平清盛 巷ではあまり人気がないとのことですが
私は意外と楽しく視聴させていただいています。 今回は「富士川の戦い」の場面がメインに
この戦いで甲斐源氏 武田信義公 (以仁王の令旨により、甲斐源氏を石和に集結させて挙兵し
甲斐国の実権を握るその後、駿河国に進出して駿河目代・橘遠茂や長田入道を討ち取り、平家本軍到着以前に駿河を占拠する(『吾妻鏡』)。 平家本軍が近づくと弟の安田義定や子の一条忠頼らを引き連れて富士川の戦いにも参戦した。吾妻鏡によると駿河守護となったとされているが、実際には信義は実力で駿河を手中にしていた。)が参戦し源氏を大勝に導いた戦いなのでじっくり視聴させていただきました。 (*゚▽゚*)
また友人の建蔵君も同じシーンに出演!
ダブルで楽しく視聴させていただきました。(((o(*゚▽゚*)o))) |

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