☆月うさぎマイペースの世界☆

ゴシックお洋服のお針仕事をしています。なかなかアップしてないですが…よろしくで〜す。

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続き・・・。

 
 
 
 
 
 あれから、全て無かったかのように過ごしてはいても時より思い出して夜になると
 
フッと思い出しては、泣いてしまう事があった。
 
アパート住まいだった享子家族は、6畳に3枚の布団を敷いて親子4人が寝ていた
 
が隣で寝ている母親が享子が泣いているのを知ってか知らづか慰められた事は無
 
かったのでした。
 
 
 
 
 
 
 
 
小学生から
 
 
 
 
 そんな日々の中初めて、心を許せる人が出来た小学校1年生の担任の先生であ
 
った八木先生だった。
 
優しく見守っていてくれ母親のような安らぎもいだいていたが、2年になると事は一変
 
してしまうことになったのです。
 
2年生の担任の先生は、柏崎先生だったが享子が必死に宿題をして行ってもなぜ
 
か毎々全問バツになってしまい日に日に前日の分と合わさり宿題の量が増えて行っ
 
たのだが、幾らして行っても丸を貰える事がなく宿題を見てくれた母にも叱られ学校
 
に行っても担任の先生に叱られるようになって行った。
 
ある日、担任の先生に享子は聞いたのでした。
 
「どこが悪くてバツになるの?」
 
担任の柏崎先生が「縦に問題はするもの!横にやるからでしょう!!」
 
冷たい視線とともにこう言い放って、教室をさって行ってしまった。
 
家に帰った享子は、そのことを母に話すと母は、「私は、小学校もちゃんと出てない
 
から分からなかったし、あんたが初めからちゃんと聞かないからでしょう!!」
 
そう、享子の母は戦後の中学校に行けずにち小さなころから他人の家の下働きとし
 
て働いていたのでした。
 
今では、信じられない事でしょうしかし、そのころはそうした子供たちが沢山いたので
 
した。
 
 そんな事を言われても小学2年生の子供には、言われたことの意味を理解出来る
 
はずもなく母からの言葉と先生からの言葉だけで悲しい思いで支配されているだけ
 
にすぎなかった。
 
そんな2年生夏休み前に担任の先生が産休に入ると聞いた赤ちゃんが生まれるの
 
だと聞いたが、享子にとって願ってもない事でした。
 
少なくともあの先生と会わなくて良いのだ!
 
家でだけ我慢したらいい!と思うのでした。
 
しかし、そんな時は短くまた柏崎先生が帰って来ることをこの時は知らなかった。
 
夏休みも終わり秋が終わりを遂げた時またしてもあの顔が教室に帰ってきたのだ
 
毎日が苦痛でたまらなかった。
 
家では、母の目線を気にし学校では担任の目線を気にして、全てが自分が悪いから
 
だと思って過ごす事でしか居場所が無くなってしまっていたのだった。
 
家では、母の「なんで出来ないの!!」
 
学校では担任の「なんで〜!?出来ないかなぁ〜!?」
 
の繰り返しで、享子は自分は、出来ない子・・・いちゃいけない子と思う事で今ある
 
状況から逃れたいと・・・
 
だんだん大人だけでなく同じ同級生にさえ心を開く事を拒み始めていたが
 
幾ら夜泣いていても気づかれてはいけないから泣き声を出さずに涙だけ流す事を
 
覚えるようになり、幾ら枕が染みになっていても何も聞かれる事がないから心の
 
シャッターを下ろしてしまうのでした。
 
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 幼少期
 
 
 
 あれは、セミの声が響いている夏のことだった。
 
享子ちゃんは、お昼寝から起き辺りを見回すとお母さんがいない事に気づいたので
 
した。
 
家の中をオムツを着けたお尻で、ちょこちょこと歩いて、お母さんを探したが見当た
 
らない、お外かと玄関にあるお母さんのサンダルを履いてお外に出てみましたが、
 
やはりお母さんの姿を見つける事が出来ませんでした。
 
 
享子ちゃんは、お母さんがよく行くおばさんの家ならいるかも知れないと思って、起き
 
たばかりの姿のまま出掛けてしまったのでした。
 
直線距離だと3km位だろうがクネクネした道を歩かなければならないので、4〜5km
 
になる距離を1歳位の享子ちゃんは、歩いて向かうのを決めたのでした。
 
初めは大きな石の鳥居をくぐる事が目印で、歩き出し自分の家から表通りまで100m
 
歩き変十字路を道なりに進み、お米屋さん〜八百屋さん〜おとふ屋さんの前を通り
 
石の鳥居を見つけくぐり、大きな木のある家がある曲がり角を曲がり、駄菓子屋さん
 
〜1本道をまたいで電気屋さん〜鍛冶屋さんの曲がり角を曲がって、そこから10m
 
行った曲がり角を曲がり3軒目がおばさんの家でした。
 
 おばさんの家の玄関を開ける頃には、不安で涙が溢れて来てしまいます。
 
カラカラっとおばさんの玄関の戸を開ける頃には、泣きじゃくっているのでした。
 
奥からいつも見ていたおばさんの顔が見え「享子!どうしたの?お前1人なの?どう
 
やてここまで来たの?チグハグなサンダル履いて!」とおばさんが話しかけて来たな
 
のですが、泣きじゃくっている享子には答えることも出来なかった。
 
 母の敬子は、享子がお昼寝している間に買い物を済ませて来ようと出かけ急いで
 
帰って来たのだがお昼寝していたはずの享子がいない!まさか1歳位の子供が遠く
 
には行かないと家の周りを探したが見当たらなく、警察に迷子を探して欲しいと駆け
 
込んで行った。
 
「1歳の娘がいなくなってしまいました。探して下さい!」と警察もそれを聞いて、パト
 
カーで迷子の放送をしながら街を回った。
 
その放送を聞いたおばさんが警察のに電話をして無事に享子は、家に戻ったがそ
 
の後叱られたのは言うまでも無かった。
 
このような事が、度々あったのもまた事実だった。
 
 2歳の頃も同じような事がやはり度々あったが、叱られる事が叱りでは無く、折檻
 
のようにお尻を打たれるようになってしまった。
 
誰でもそうだと思うが、叱られて打たれてしまったら、慰めて欲しかたりかばってくれ
 
る者を求める事だが享子にとってもその相手がおばさんだったのは言うまでもない
 
ことだったのである。
 
その事が、逆に享子を苦しめてしまったのです。
 
3歳になると頃には、お母さんの敬子は、お腹が大きくなりほどなくして弟が生まれ
 
たのでした。
 
いつも優しかったおばさんに享子が「正志が生まれたからもうこない事にしたから」と
 
伝えて、弟の面倒を見るようになった享子だったが何をしても叱られるのは享子に
 
なてしまうのも上の子の宿命だと思うが、弟の歩きだす時赤ちゃんが歩き始めるの
 
は早いんたなと弟の成長を感じていた享子だった。
 
大きな出来事か起こったのはこの後間もなくのことでした。
 
享子は、女の子が遊ぶような事よりもアリが何処から来ているのかとアリを追ってア
 
リの巣を見つけて穴を掘ってしまたり、1日雨水が貯められている大きな鉢のボウフ
 
ラを見続けて蚊にボコボコに刺されたり、霜柱を踏み続けて靴を泥々に汚してしまう
 
ようなちょっと変わった子供だった。
 
もちろん回りには、同じくらいの子供がいたので一緒に遊ぶ事もあったが享子のい
 
つもしている遊びをしては、叱られていたのだった。
 
 そんな頃のある日の事、男の子たちと公園で遊び帰って来るとお母さんが、「享
 
子!」と怒鳴って鬼の形相で享子に近付いて来るのを見て訳も分からず逃げたので
 
すが、子供の足と大人とでは走る速さは圧倒的に大人である母に叶うはずもなく捕
 
まってしまったのでした。
 
刑事ドラマのように母が享子の上に馬乗りになり般若のような顔で「この手が悪
 
い!」と言われ、左手の人差し指にお灸をすえたのでした。
 
享子は、何が何やら全くわからないままに母の顔と馬乗りにされた痛みとお灸の熱
 
さとで、「やめて〜」と泣きわめく事しかできず恐怖と何故?の思いで一杯になってい
 
たところに、近所に住んでいた宮沢さんのおばさんが止めに入ってくれるまで耐える
 
しか無かったのでした。
 
その時の恐怖感と母は、何も聞いてくれることなく自分の子供を犯人にしてしまうの
 
だ…その時感じた母の思いは、{こんな子なんかいなければ良いのに!!}の思い
 
が鮮烈に残ってしまいこのひとには、本当の事を言ってはいけない!頼っても無駄
 
なのだと思い母に本当の事を話すのを止めたしまったのでした。
 
 これは、享子が大人になり意を決して母にこのことを聞いてみたところ母から「だっ
 
て近所の子がなんでもアンタのせいにするから見せしめにしたのよ」と半分笑いなが
 
ら話されて、絶句してしまたのだった。
 
 
 
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つづく・・・

crystal heart 〜回想〜

 
 
 人の記憶とは、いったい何時頃からあるのが普通なのだろう?
 
 目に見える物が本当に存在しているのか実は、他人には見えていない者だ
 
などと感じた事はないだろうか?
 
 もしも、他人の心や思いを受け取ってしまったとしたら貴方ならどうしますか?
 
 自分の置かれた境遇に満足している人もいるかもしれませんが幾つもの
 
出来事で、心を閉ざしてしまったとしたら…貴方は、どう対処しますか?
 
 これらのことがたった一人の身に起きたことなのです。
 
 中には、自意識過剰だ!それくらいの事ある!また被害妄想だ!と言い放って
 
行った人もいました。自分のお話をすることには、始まは抵抗がありましたが
 
自分と似た境遇の方がもし読んでくれて、回復の道を歩いたくれるならと
 
思い執筆をお願いしました。
 
 自分の記憶の一番始めを思い出したら貴方はいつでしたか?
 
 
 
 だいたいの人ならきっと、小学2〜3年もしくは、1年位なのかしら?
 
 これは、筆者のお子さんに聞いたことでが断片的には記憶あるけど
 
はっきりとした記憶って言われたら5年生からかもと言っていました。
 
私はと言えば、3歳頃からの記憶があり、断片的であれば、1〜2歳の頃から
 
あるのです。
 
 
 
 今こうしてお話していても、恐らく作り話だと思う人も居るなだろうな〜不思議です
 
全く、これ以上掘り下げると怖くてしないだけで…
 
 あとは、ごねんなさい。
 
 
 目には見えないものって、どんな物と聞かれたら一般で言う霊感とか言うのかも
 
知らませんが、今でも電話の相手と話して居るだけで家の間取りとか町並みとかも
 
頭に浮かんで来てしまう事もありますね〜
 
だからと言って霊媒のような事は嫌いだから一切関わってないんです。
 
 
 電話の話の続きみたいになりますが、相手の思いを感じ取りやすくて、好かれてる
 
嫌がられてるだけじゃなくて、笑顔で好意的に話したるけど実は、逆でそれは後々
 
やっぱりな〜と思うことになるとか、全く反対の事も感じたりします。
 
 
 
 自分の境遇の事は、また追追お話していきたいと思います。
 
 
 
 あの頃は、それが自分の中の普通で他人も同じだと思っていたのですが、話すと
 
だいたいの人は、危ない人・おかしい奴・嘘つきと云うレッテルを貼って虐めるか
 
無視されるか・酷い時には、連絡を取る事が出来なくなる。
 
いわゆる切られるって事ばかりの連速でした。
 
 
 今でもただの愚痴みたいで何て思いますが気持ちを固めたからお話を進めたいた
 
と思います。
 
 
 
 
 
 
この物語は、私が見たり聴いたりした事が中心ではありますが、少しでも皆さんに
 
心の病の事を理解していただきたく書くことにしました。
 
名前は全て架空ですが、実際にあった出来事です。
 
 
 
 
メインの少女が、だんだん成長して行きますが、その中でどんな体験をし、また
 
どんな葛藤があったかを赤裸々にお話したいと思います。
 
 
 
 
亨子ちゃん中心人物です。
 
その他の登場人物は、彼女の母敬子さんと父の正規さん・弟の正志である。
 
この4人の家庭の中で、享子ちゃんがどのように育ったのか
 
その時の感情や心を閉ざして行ってしまったのかの物語です。
 
 
 
決して、心を閉ざしてしまった人への誹謗や中傷の類の物語ではありません。
 
 
少しでも多くの方に心のお話をすることで、理解していただきたい事と
 
偏見や誤解をして欲しくないとの思いからであることをご理解下さい。
 
 
著者・・・・・月うさき
 
挿絵・・・・・月うさぎ
です。
 
 
 

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