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7月2日の朝日新聞に、こんな記事が載っていました。
http://book.asahi.com/news/TKY200907020062.html
辻邦生氏と北杜夫氏が交わした、往復書簡が発見されたとのこと。
この記事を見て、私はふと思い当たることがあって、書棚にあった「どくとるマンボウ航海記」を開きました。
するとやはり、「パリにいる高校時代からの友人T」という人物が書かれていました。
おそらく、辻邦生氏のことではないかと思います。
「友人T」に関することだけ簡単にまとめていくと・・・
シンガポールで友人Tから便りをもらい、その後港に寄港するたびに手紙のやり取りをしている。
乗船している船がフランスのル・アーブルの港に着くと、Tに会うためにパリへ向かっている。
パリで友人Tの下宿に行き、そこでトーマス・マンについて話している描写がある。
端折りすぎましたが、こんな感じでしょうか?
まだ、辻邦夫氏が作家としてデビューする以前のことなので、名前を伏せていたのではないかと思います。
実際、なだ・いなだ氏は、ペンネームですが名前がはっきり文中に出ています。
この本は何度も読んでいて、旅行に出るときは必ず持っていく本です。
昭和40年代のことで古い話なのでしょうが、その時代、その場所であった出来事は、今も不思議なほど心をくすぐる旅行記になっていると思います。
読み返しながら、地図帳を手に寄港した港、通過した都市などを調べていると、地図帳に掲載されていない都市が出ていました。
「一九五九年の初日の出はちょうど北回帰線上に迎えた。ヴィリアシスネロスの沖合である。」
(どくとるマンボウ航海記より抜粋)
北回帰線上で大西洋側のアフリカ沖なのだから、西サハラの都市であるはずなのに、その名前は無い。
わざわざ、文中で都市名が書かれているということは、そうそう小さく名の知られていない都市でもないはず。
ぐぐっても、ヤフー検索でも引っかからないので、段々と手詰まりに。
もしやと思い、家にある昭和53年に制作された世界地図を見てみると、そこには「ビリャシスネロス」と載っていました。
その場所と地図帳を比べてみると、「ダクラ(ダフラ)」という都市が。
ダクラをウィキペディアで調べてみると、ダクラはかつて『Villa Cisneros』という名前だった模様。
これで疑問解消。
どくとるマンボウの航海した場所を想像しながら、地図の上で楽しい時を過ごせました。
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時代の流れを感じますね。
温かいお話聞いちゃった!
ありがとうございます!
(o^-^o)
2009/7/9(木) 午後 8:58 [ 空 ]
空さん、こんばんは。返事遅くなってすいません。
昭和40年ですからね〜。
今と違う戦後の時代が、まだ本の中にあります。
2009/7/15(水) 午後 10:05