|
先日といってもずいぶん前ですが、10月24日土曜日に、ピースボートセンター埼玉で「ヒバクシャプロジェクト」が行われました。
ピースボートは以前、広島・長崎の被爆者103名と共に、世界一周をするクルーズを企画しました。
その時のドキュメンタリー映画が、今度国連でサイドイベントとして放映されるようですね。
埼玉に在住している、世界一周の旅に参加した被爆者の方、広島の原爆資料館で案内のボランティアをしている方の話を聞きました。
大学時代、アメリカ学の教授から、アメリカの原爆投下についての話や、アメリカ国民の考え方を聞いていましたが、それ以上に生々しい、被爆したからこその意見は非常に考えさせられました。
被爆していない、戦争を知らない世代の私たちでも、伝えていけることはあるのでしょうか?
会の後、案内ボランティアをしている、という方と少しお話をする機会がありました。
そこで、私もほとんど話したことは無かったのですが、祖父の終戦時の話をしました。
祖父は工兵で、佐世保か呉かはたまた他の港湾なのか不明なのですが、とにかく、家がある静岡県富士市まで、終戦後ほとんどの行程を歩きで帰ったそうです。
その途中で、祖父は広島を通りました。
夜、真っ暗な中・・・青い火がちろちろと燃える中を、たった一人歩いて通ったのだそうです。
祖父は、なぜかこの話を、晩年1回しただけでした。
その理由はわからなかったのですが、今回被爆者の方々の話を聞いて、ふと思い当たりました。
被爆者の方々は、放射能の影響ゆえにずっと差別を受けていたそうです。
祖父は、終戦後すぐ、広島の町を通って帰ってきました。
もしかしたら祖父は、自分にも放射能の影響があるかもしれないと思い、ずっと口を閉ざしていたのかもしれません。
祖父は数年前に亡くなり、もう話を聞くことは出来ません。
このヒバクシャプロジェクトで知ったのが、Yes!キャンペーンです。
否定のNOを突きつけるのではなく、肯定のYESで、核兵器の廃絶を呼びかけていくプロジェクトです。
平和市長会議が発表した核不拡散条約を補完する「ヒロシマ・ナガサキ議定書」を、わかりやすい言葉になおした絵本を発行し、議定書を一人でも多くの人にわかってもらう運動を行っています。
Yes! キャンペーン実行委員会HP
http://yes.hiroshima-nagasaki.net/
絵本の販売も、HPで行っています。
興味のある方は、どうぞHPを見てみてください。
そして、核兵器廃絶にYes!と叫べる世界になりますように。
祖父の体験談については、過去記事にもあります。
http://blogs.yahoo.co.jp/ktwis567/23954116.html
国際交流NGOピースボートHP
http://www.peaceboat.org/index_j.html
|