ギフテッド生活

普通の親が、だんだん息子についていけなくなっていく・・・

ギフテッド小学生時代

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春馬の空間認識は どんなものなのか?
 
 
春馬は
 
小さい時から
 
いや
 
おそらく生まれた時から
 
我々とは少し違う
 
ものの見方をしていた。。。らしい
 
 
と言うのも
 
 
それを私は
 
上手く説明出来ないので
 
春馬が成長してから
 
色々質問して
 
何となく
 
理解したような気になっているだけである
 
 
春馬の方も
 
コチラの認識とは違うので
 
分かってくれているはず。。。という
 
なんとも曖昧な話である
 
 
 
春馬はすべてのものを
 
立体で捉えている
 
らしい。。。
 
 
3次元のこの世の中において
 
たとえ紙に書かれた文字であっても
 
その紙も 筆記用具の材(インクや絵の具)も
 
質量や体積のある物資ならば
 
平面ではなく立体であると言う
 
紙の上に手で書いた文字は
 
筆順通りに上に重なって行く
 
けれども
 
パソコンの画面上の文字は
 
同じ文字でも厚みは無い
 
紙に印刷された文字は
 
筆順通りに印刷されたわけでは無くて
 
文字の形通りに
 
塗りつぶされている図形に過ぎない
 
 
教科書上の文字は
 
紙の上に印刷された
 
文字の形をした図形
 
これを手本にして
 
「同じ」文字を「書く」作業は
 
幼少の春馬を混乱させた
 
自分が紙の上に鉛筆で書く文字が
 
教科書の文字と同じに思えない
 
 
ならば
 
 
筆順を無視して
 
形だけに拘ればいい
 
 
だが春馬は
 
教科書の文字の方を
 
何とか立体視しようとしてしまう様だった
 
それが不思議だった
 
あるとき
 
その不思議が解けた
 
教科書の文字は
 
殆ど一筆書きで書くことが出来ない
 
文字の形をしている黒いインクは
 
一様に同じ厚さで構成されているとするならば
 
一気に書かなければならず
 
交わる点があるところをどうするか・・・
 
例えば「父」という漢字
 
1画 2画目はいい
 
3画目と4画目が交わるのをどうすればいいのか
 
「×」ではなくて
 
「><」と書くのか?
 
 
春馬が
 
小学校低学年の漢字テストで
 
大いに悩まされたことである
 
印刷された文字を手本にすることから始まったために
 
混乱を招いた
 
先生が黒板にチョークで書く文字を
 
その場で頭にインプット出来れば
 
問題は無かったはずだ
 
だが授業参観に行ってみれば分かる
 
先生は黒板に新出漢字を
 
(肉筆で)書かない
 
立派に印刷された「漢字カード」(マグネット式?)
 
黒板に鎮座する
 
しかも
 
ご丁寧に書き順まで
 
1画目の図 
 
1画目に2画目を足した図
 
更に3画目を足した図・・・・・
 
。。。。。
 
交わるところを見せられていないのだ
 
う〜ん。。
 
上手く説明出来ているかなぁ
 
幸い
 
春馬は独自で学ぶ方法に切り替えた
 
この最初に出会う「刷り物漢字(図)」を無視して
 
「立体漢字」を脳内で組み立てて
 
先にインプットしてしまってから
 
刷り物漢字を
 
立体物として見られるようにしたのだった
 
教科書を見ながら手本にして
 
ノートに書き取りを繰り返す作業は
 
春馬にとって
 
無駄どころか
 
混乱を広めるだけの
 
弊害だらけだったことになる
 
その間にも春馬は
 
何故 自分が混乱するのかを

己分析したりするので
 
そのことだけで疲弊してしまう
 
 
「なぜ みんなは混乱しないのか?」
 
この
 
春馬の大きな疑問に
 
当時は
 
誰も答えてはくれなかった。。。。。
 
 

甘党・・・ようかん

 
春馬は 羊羹が好きである
 
甘いものは
 
脳が働くエネルギーになるから
 
とは申しますが
 
一本の羊羹を
 
まるでバナナを食べるように
 
包み紙を剥いて食べるのは
 
どうかと思いますよ。。。
 
 
小学生の時から
 
左手に一本の羊羹を持って
 
かじりつきながら勉強していた
 
春馬よ
 
その姿は変だぞ 
 
やっぱり。。。
 
 
 
春馬の母親が
 
「そんな食べ方しないでよ〜」と叫ぶ
 
そうだ
 
第一
 
行儀が悪いじゃないか
 
続けて母親がブツブツ言う
 
「その羊羹、戴き物の高い羊羹なのよ〜」
 
 
 
そこかよ。。。。。
 
 
 
春馬は動じる事なく
 
 
「なるほど、道理で・・・とっても美味しいよ、この羊羹。」
 
 
そう言って
 
そのまま 
 
右手に持った鉛筆も
 
左手に持った羊羹も
 
放すこと無く
 
算数の問題を 
 
解き続けるのだった。。。。。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 1
 
「校庭でサッカーをする自分」
クレパス・水彩絵の具
 
 
春馬は 図画が嫌いだった
 
小学校時代
 
春馬は 工作は好きだったが
 
図画が嫌いだった
 
本人曰くは
 
絵を描くことが苦手だと言う
 
 
たしかに
 
就学前から
 
あまり絵を描くことを好まなかった
 
 
理由は
 
「上手く描けないから。」
 
学校の先生が
 
「ようやく伸び伸びと描けるようになったね。」と
 
褒めてくれても
 
春馬は
 
「うまく描けたとは思えない。変な絵だ。」 と落ち込むばかり。。。
 
 
 
春馬が小学校中学年になったとき
 
図工の時間に
 
先生が教えてくれた
 
「酒井式描画指導法」による絵
 
“まるで魔法の指導法” 
 
とまで言われたという指導法である
 
 
 
この指導法によって
 
子どもたちが図工の時間に描いた
 
「○○をする自分」という絵は
 
学習発表展示会で
 
一斉に展示された
 
保護者として見に行って驚いた
 
 
「なんだ? こりゃあ!???」
 
 
そこに描かれている人物も
 
それを描いた子どもも
 
それぞれ違うはずなのに
 
どう見ても
 
同じ画家が描いた絵のようだ
 
 
まるで
 
ある一人の画家の展覧会のようだ
 
不気味である。。。
 
 
 
少なくとも
 
「春馬の絵じゃない」
 
学校の先生は
 
この作品展示会が
 
とてつもなく不気味だと
 
異様な光景だと
 
思わないだろうか。。。?
 
 
 
後になって
 
それが「酒井式」だと知ったとき
 
なぁんだ やっぱり春馬の絵じゃないんだ
 
春馬が絵筆をとったのは間違いないだろうが
 
それは
 
“先生が描かせた”絵である
 
ネットで調べて見ると
 
絶賛と批判が両方存在する
 
どちらの言い分も
 
間違ってはいないような気もする。。。
 
 
およそ美術なんぞというものには
 
めっぽう疎い親なので
 
まあ
 
絵筆の使い方や
 
混色のしかた
 
あるいは
 
順序よく描かせることで
 
集中して騒ぐことなく
 
洋服や周囲を汚さない授業をするには
 
こんな指導法もあるんだな。。。
 
 
なんて
 
思ってみたりして。。。
 
しかし あの展示会は やっぱり異様だ。。。。。
 
何か宗教じみてさえいる
 
それを
 
小学校という集団学習の場所で
 
子ども達が 何の疑問も抱かず
 
号令かけられて
 
絵を描く様子は。。。。やっぱり異様だ。
 
さらに
 
「それは違うだろ〜!」と
 
思わず叫んだのは
 
そうやって描かれた子どもたちの絵が
 
各種コンクールに出品され
 
その多くが 何らかの受賞をしている事を知った時だった
 
 
この方法で描かれた絵を
 
コンクールに出品していいのか?
 
賞をもらったのは
 
その絵を描いた子どもなのか?
 
その絵を描かせた先生なのか?
 
いや
 
その描画法を編み出した人
 
酒井臣吾氏が 受賞するものではないのか?
 
著作権 大丈夫か?
 
これだけみんなそっくりの絵なんだから
 
“盗作”に近いと思うのだが。。。。
 
 
 
春馬は言っていた
 
「僕はこんな風に人物を描くのは好きじゃない。もっと上手に描きたい。」
 
春馬の
 
「もっと上手に」というのは
 
中学生になってから明かされる
 
写実派や印象派の絵画の様な絵を言う
 
春馬の描いた(描かされた?)
 
この「サッカーをする自分」という絵が
 
コンクールで入賞するようなことが無くて
 
本当に良かった。。。
 
 
親として そう考えるのは
 
間違っているだろうか。。。。
 
 
 
 
 
イメージ 1
 
                       春馬の創作絵画 <風> 水彩
 
画像では見えないが
 
上部など白い空間には
 
ブラシと金網を使って飛ばした 
 
かなり細かい
 
「水色粒子」で埋め尽くされている
 
 
 
 
春馬が好きな言葉・・・「知は力なり」
 
イギリスの経験主義哲学者
 
フランシス・ベーコン(1561〜1626)の言葉である
 
 
この言葉は
 
現在の日本人には
 
結構その意味を取り違えて使われている
 
どこかの学習塾なんかで
 
平気で勝手な解釈で掲げられていたりする
 
 
ベーコンの言う「知は力なり」の「知」は
 
自然界について
 
人間の先入観を取り払い
 
自然の真理に従って
 
経験(実験や観察)を通してのみ得る事が出来る「知」
 
 
その知は
 
全人類の幸福の為に捧げられなければならない
 
ただかき集めるだけの知識ではなく
 
自ら先入観なく自然界を検証する
 
実証的で合理的な研究方法やその態度が
 
大自然の中で
 
人間が幸福に生きる力を得る
 
と言うことなのだ
 
 
詰め込み教育や現在の受験勉強などと言うものを
 
むしろ否定する言葉なのである
 
 
 
春馬が小学生高学年の時
 
学校にやってきたある教育実習生が
 
春馬の学び方や
 
それを応用する考え方
 
そして
 
教科書に書かれている解法にこだわること無く
 
友人に
 
惜しみなくその「知」を広げようとする
 
その態度に感服し
 
春馬に
 
この言葉を享受してくれた
 
別れの日
 
その実習生は
 
この「知は力なり」という言葉をしおりに書いて
 
中学受験をしようとしていた春馬に
 
プレゼントしてくれた
 
春馬は
 
それを大事に持っていて
 
受験の日にも
 
持って行った
 
 
 
晴れて第一志望の中学に合格し
 
濃紺色のブレザーの胸に
 
Knowledge is Power「知は力なり」の文字が刺繍された
 
金色に光るエンブレムを付けて
 
小学校の卒業式に臨んだ
 
 
春馬はいまでも
 
その「しおり」とエンブレムを大切にしている
 
その言葉を
 
大切にしている
 
 
親の目から見ていて
 
春馬にぴったりのその言葉を
 
プレゼントしてくれた教育実習生は
 
きっと
 
素晴らしい教育者になるであろうと
 
感謝し 感服し
 
こころから応援しようと思ったのだった。。。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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