|
九段下、靖国神社に行ってまいりました。
この場所についてはいろいろ思うところがある方も多いかと思いますが、
あれこれ論じる前に先ず行ってみようということで。
写真はテレビとかでよく見られる場所です。
小生の勝手なイメージで東京の中心にありながら
静かで落ち着く厳かな神社だと思っていたのですが、
実際は老若男女国籍も様々な観光客、参拝者であふれていました。
大村益次郎の銅像から神社の境内までいろんな場所を撮影し、
神聖な場所で携帯電話のシャッター音を何度も鳴らすお詫びもかねて、
なるべく正式な礼法に近い形で参拝させていただきました。
もう1枚は能楽ファンとしてははずせない場所、靖国神社の能舞台です。
日本舞踊の催しをやっていたので近くでは撮影できませんでした。
もっとも、能楽をやっていたら写真撮影自体できなくなりますが。
戦時中は能楽のような芸能の世界にも言論統制があったらしく、
能楽の原稿曲の中でも、不適切な表現は修正されていたらしいです。
あと、戦意高揚のためなのか軍国主義を前面に出した
皇軍艦(みいくさぶね)、忠霊といった新作能も作られました。
これらの曲は当然、現在演じられることはありませんが、
謡本は古本屋で出回っているらしく、
サークルのボックスにもなぜか皇軍艦が所蔵されていました。
謡は「これは大日本国軍艦の艦長にて候」という名乗りで始まるのですが、
細かい内容は覚えていません。
とりあえずその冒頭の一節がすべてを物語っています。
忠霊という曲は靖国神社の英霊が日本を守護するという感じの内容らしいのですが、
実際の靖国神社を見て思ったことは、
戦争のために、そうした創作をすることがなんだか愚かしく思えるほど
この場所に込められている思いは深く重いものだと感じました。
小生のようにあちこち写真を撮りまくる人であふれていましたが、
誰一人軽々しく冷やかしでここを訪れている人はいないでしょう。
タイトルは、遊就館という靖国神社の資料館で上映されていた映画から取りました。
|
戦中から 戦後に掛けては、染井と此処と多摩川(現青山) 矢来・鍋屋横丁(山本)位しか舞台が無く、この靖国神社の舞台は 見所も無かったのですが、稽古能を 立ち見で拝見に行ったものでした。忠霊やみいくさぶねの節付けは 戦後に面塚も創った浅見真健師(今の師匠の父君)が関係していたように伺いました。そう云えば 遊就館の隣に国防館があったのは、今 どうなっているのかなぁ…。
2006/4/25(火) 午前 7:50
国防館という建物は見当たらなかったように思います。矢来能楽堂や国立にも早く行ってみたいです。
2006/4/25(火) 午後 10:34
いろいろ見聞してますね。懐かしく拝見!これからも楽しみにしています。
2006/5/7(日) 午前 0:50 [ 人生謳歌 ]
ここ最近の数少ない楽しみですからね。東京にいてよかったと思うことは暇さえ作ることができればすぐ遊びにいけることです。人生謳歌さんはこのあたりにお住まいかと勘違いしていましたが、どうやら違うようですね。
2006/5/7(日) 午後 9:55
皇軍艦(ミイクサブネ)
一セイ:
大君の。みことかしこみ征く艦(フネ)の。
心やいとゞ。勇むらん
名ノリ 艦長:
これは大日本帝国軍艦の艦長にて候。
さてもこの度世界平和の敵。米英
討伐の詔勅(ミコトノリ)を賜はり。喜びの色をなし。
急ぎこれより大東亜海へ赴き候
ほの/\゛と櫻に霞む朝ぼらけ。
瀬戸の浮島うち過ぎて。屋島の
浦の夕月夜
ツレ四人同:
千鳥にそよぐ
葭の葉の足摺崎の送り波
海原や。黒潮躍る日向路を。黒潮
躍る日向路を。越えつゝ行けば
雲の波。跡はる/\゛と蓬莱の頂
白き雪の色。新附の島は群鳥の。
水に浮かめる姿かな。沈む夕日に
緑濃き。呂宗(ルソン)の島を後に見て。
茜色なす波の面。水の空なる
赤道の。邊に早く。着きにけり
はや赤道に着きにけり
現在個人的に翻刻中
2010/11/6(土) 午後 10:24
はじめまして。yoshyです。
「皇軍艦」を、現在個人的に翻刻しています。
能の「謡本」が好きで、変体仮名のフェチです。
2010/11/6(土) 午後 10:30
yoshyさん、はじめまして。
コメントありがとうございます。
「皇軍艦」は僕のいたサークルの部室に謡本がありました。
余興で実際に謡って見せた先輩もいましたよ。
今は世界平和の敵が米英ではなく日本のすぐ隣にいるという大変な時代ですね。
2010/11/8(月) 午前 0:19
一発太郎さん、久しぶりです。
「皇軍艦」翻刻完了し、アップしました。
よろしかったら、一度ご高覧いただきたくお邪魔しました。
2011/8/14(日) 午前 2:46
yoshyさん、「皇軍艦」拝見しました。
やはり戦争は間違いだったと思いますが、
太平洋戦争の起こった背景も理解せず、
ただ一方的な侵略戦争だったと認識するのは危険だと思います。
それに戦争で戦った軍人を悪者のように扱うのも。
今は世界平和の敵が米英ではなく日本のすぐ隣にいるという大変な時代ですね。
2011/8/17(水) 午前 0:46