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土日は遠い長野県安曇野市まで能を見に行きました。 大学の時に所属していたサークルの講師をしている 先生が中心に企画された催しの信州安曇野薪能です。 今年で第19回を数えるとのことした。 小生のいたサークルでは一部の部員が長野まで わざわざこの薪能を見に行く旅行を毎年やっていました。 小生は能楽の本場である京都にいてなぜ長野くんだりまで行くのか、 全くその気持ちを理解できなかったので現役時代は一度も行っていませんでした。 OBになって行くようになったのですが、名ばかりの能楽が盛んな土地である 石川にいたせいもあって、遠出する価値のある 素晴らしい演目の能の催しであることに気付きました。 とりあえず、今年の番組です。 能:高砂 片山清司 狂言:蚊相撲 野村萬(人間国宝) 舞囃子:熊野 村雨留 片山九郎右衛門(人間国宝) 能:鞍馬天狗 白頭 青木道喜 安曇野は割と最近に市制に移行したばかりで、人口10万人に満たない 小松以下の小規模都市で、交通の便も決して良いとはいえませんが、 薪能の観客は金沢城薪能を遥かに超える多さでした。 舞台も大きいし、出る役者は日本を代表する一流どころばかり、 やはり入場料は必要なものです。 能楽愛好者であるかどうかにかかわらず、興味を持って見に来る人が 3000円やそこらの入場料を高いと思うはずがありません。 安曇野市の市長が挨拶で当代一流の役者が出ていると言ったのですが、 まさにその通りの素晴らしい内容でした。 京都で一番人気と言われる片山清司先生に、京観世の重鎮の九郎右衛門先生、 必ず素晴らしいものが見れると約束されたようなキャストです。 和泉流の最長老の野村萬師、ご子息の万蔵師も含め、 同じ和泉流でも金沢で見られる物よりはるかに味があって面白い狂言でした。 鞍馬天狗の白頭は久しぶりに見ました。 普通の鞍馬天狗も金沢では上演は極めて困難なので久しく見ていないのですが。 鞍馬天狗は子方が10人くらい出なければならないので、 能楽師の家がほとんどない地方ではなかなか上演できないのです。 今回は地元の子供をオーディションして稽古をつけて 出演してもらうという形で実現したらしいです。 牛若丸以外の子方は舞台の上で歩くだけの役ですが、 何となく心がなごみます。 白頭という小書はシテの天狗が白系統の装束を纏って、 年齢を重ねて霊力を帯びたような大天狗の姿で登場する者です。 後場の舞働がなくなり舞の型や謡のノリが全体的に重くなるのですが、 動きが少なくなってもむしろ迫力が増しているところが素晴らしい演出だと思います。 先生の能は鬘物のような優美な曲や、逆に動きの多い曲で感激することが多いですが、 このような切能の小書付きでも圧倒的な存在感を感じます。 会の後の宴会で先生に誘われたからというのもあるのですが、 今日の能を見て仕舞や謡のお稽古をまたやりたくなってきました。 でも、小鼓と先生のお稽古で週2回も定時帰りするのは非常に困難です。 まずは当初の宣言通り小鼓を始めて、それから1年くらいはここでの生活に慣れて どうやったらうまく仕事の都合をつけられるか様子見をしてから始めることにしましょう。 失礼な言い方ですが、お稽古場にいるのは普通の企業にいる人間とは別種の自由人ばかりなので、 今のままでは歩調を合わせることはほぼ無理だと思います。 粟津刑務所にいるときとは違って今は仕事も大事ですから。 話は変わりますが、長野県の電車は自動改札やスイカも導入されていて、 都会には遥かに劣りますが石川などとは比べ物にならないくらい交通の便は良いです。 まやかしの百万石にいつまでも縋って近代化をサボタージュした金沢と、 失策を恐れずに堅実に悪条件から這い上がろうとしている長野や松本、 都市の大きさだけではわからない、そこにいる人間の質の違いがはっきりと出ていますね。 でも、長野県内はともかく関西方面からのアクセスはどうにかならないのでしょうか。 途中に本州の各都府県でも最低の不毛の地、岐阜を経由するから改善は無理なのでしょうか。 余所者を拒否する山岳地帯に僅かに存在する小さな集落がぽつぽつと形成されている、 それが岐阜県の特徴であり、岐阜に住めば石川以上の絶望を味わうかも入れません。 京都から名古屋まで新幹線で45分、大阪から松本まで特急電車で2時間とちょっとです。
すべて普通電車で行けば約7時間、学生ならそんな選択肢もありかもしれません。 でも、社会と組織に奪われた時間をお金で買うのが社会人です。 人に見えない場所ではけちけち、ちびちびと質素な暮らしを送り、 人に見える場所では最良の買い物をする、それが小生のお金の使い方です。 それに旅行先には長く滞在したいものです。 |
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