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昨日は小生のいた能楽部の発表会でした。
毎度毎度同じことを書いていますが、
大学の構内に部員が自分たちで能舞台を設置しての演能です。
部員がそれぞれ仕舞や舞囃子を出し、最後に能が上演されます。
能の演目は清経でした。
毎回色々と思うものはあるのですが、
能の中身にこれほど感激したのは久しぶりかもしれません。
シテが舞う姿もばっちり写真にとらえてはいるのですが、あえてワキの粟津三郎の写真にします。
このワキも近年では上出来な方でした。
少なくとも小生のやった羽衣のワキよりは様になっていました。
シテとの掛け合いは全くない役なのに、
清経を登場させる舞台を作る前座としての役割をこなしていました。
そして何よりシテを見ていて、いつもと違う感情が湧きあがってきました。
いつもは上手だった、よく頑張った、たまに下手くそだったと思うこともあるのですが。
あの清経の装束、着付けも法被(長絹だったかな?)も大口も烏帽子も小生の舞った敦盛と一緒でした。
ただ面が十六か中将かの違いです。
まあ、同じ師匠に稽古をつけて頂いて、体格も小生とそんなに違いはないのだから当然なのですが。
せめて、白大口ではなく模様がついたやつか半切だったら、
上がどれか一つでも色違いだったら、こんなことを思うことはなかったでしょう。
舞台に上がっていたのは過去の自分にそっくりな姿かたちをした女の子でした。
清経は自分の好きな曲の一つで、割と短い上演時間なので、
どんな所作をやるのか、大方知っていました。それに敦盛と同じような型もあります。
8人の地謡のうち、半分以上が1回生という不安定な謡をバックにして、これは何だろう…
粗を探そうと思えば、正直いくらでも見つけられました。
っていうか、粗探ししようとしている時点で負けを認めたようなものです。
能を好きになって、清経の型と謡の意味を必死で理解しようとしている、
そんな心意気があって、それが舞台にも観客に見える形として現れている、
まさかそんなものをあの舞台で見せつけてくれるとは失礼ながら思ってもいませんでした。
自分が掴もうとして今一つ努力が足りずたどり着けなかったところに、
一歩か何歩か、あの子は先に近づいていたようでした。
何年か前、舞台に使う機材の業者と先生の家に小生が自動車でエスコートしてあげた、
実際は5つしか違いはないのですが勝手に子供だと思っていた子が、
あの時とは大違いの不意打ちのようなものを見せてくれました。
これは何と言うか、素直に後輩の成長を喜ぶより、焼きもちみたいな感情が前にでてしまいました。
今日はどこかのお寺に紅葉を見に行くつもりでしたが、
思うところあって方針変更して大学に向かいました。
舞台の撤収作業を少しだけ手伝って、一緒に手伝っていたOBと現役部員と食事をして帰りました。
自分のいたあの場所は、
やっぱり大学生としての全てを掛けて取り組むべきものがあったのだと改めて思いました。
どういうわけか、なぜか部員も増えていて、舞台を見に行くたびに感じていた、
能楽部への不安も解決して新しい世代が始まる兆しのようなものがありました。
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