軍事評論家熊谷直の社会評論

アジアを中心にした社会・軍事の情勢やニュースの分析

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餅詰まらせと正月料理

 正月3ケ日のテレビや新聞のニュースは、政治経済の進行中のものの話題は少ない。記者たちも休むのだからやむをえまいが、その代わりの番組や報道が中身がないものが多く、特にテレビは、NHKのものであってもあまり覗く気がしない。そのなかで餅をのどに詰まらせてなくなった人のニュースが目立った。統計的に確かめたわけではないが、このところ中高年者にこの事故が目立っている気がする。わたしも高齢者の部類に入るので他人事ではない。この事故が多くなったのは、機械でこねる餅が普及してからであろう。臼と杵でついた餅はどうしても米粒が残る。そのため粘りは少ない。しかし機械によるものは、噛み切れない粘りがある。日本人の舌は粘りを好むというが、何ごとにもほどほどと言うものがあろう。機械でこねたものは粘りすぎて味がない。それなのにこねすぎの機械餅ばかりになったのはなぜだろうか。同じことが特定の会社の製品ばかりになって好みのものがなくなった自動販売機の飲料についても言える。
 このことは、すぐに真似をしたがる日本人の癖と関係があるのかもしれない。製造の効率だけのことではなく、テレビ番組で食品に粘りが必要だと放送されると、皆そのほうにはしり、極端になってしまう。機械なら調整することも可能なので、いくらかの米粒を残した餅もできると思うが、そのことをしないのは、他人と違うことをして損害を受けることを餅屋が恐れているからではないか。
 ファッション業界の宣伝と流行に乗せられやすいのが日本人であることは何度も述べてきたが、食べるものまでもすぐに流行や新聞雑誌などの宣伝に乗せられてしまうのが日本人であろう。有名俳優などがあそこの店のものがおいしいとテレビで語ると、わっと人が押しかけ、同じような店があちこちにできる。一時のすし屋の流行は、人々が、まずい回転寿司に行き着いたことでいくらか下火になったが、今はイタリアン全盛で、日本食の大衆向けレストランを探すのに苦労をする。いろいろなものを食べることで、味覚が繊細になっていくのであろうが、それがないことが心配である。
 正月料理は、暮れに作り置きをしておいて来客にも特別の準備をしないで済ませ、主婦にも休養をという、もともとの意味が失われているが、時代の変化でやむをえない点があるにしても、我が家の料理が正月の食膳に載らなくなったことは問題であろう。母親の味といえるものがない状態で育っている子供の舌は、どうなっていくのであろうか。正月ぐらいは、カレー、目玉焼きにパンという手軽な家庭料理ではなく、もう少し手が込んだ母親の愛情が感じられる料理、さらには受験生も一時机から離れて、母を手伝って暮れにつくっておいた家庭料理を囲んで、一家団欒する風景がほしいと思う。
 料理の味は雰囲気でも変わるのである。儲け主義の業界の宣伝に乗せられて外食を主にするのは、そのことで世間の味覚が特定の味で統一され、日本の文化的伝統が失われる結果をもたらすだけでなく、レストランでむだに捨てられる食材も増えて、環境破壊につながる。個人が楽をするためだけの行動をすることは避けてほしいと思う。正月の行事は、本来は新しい年が豊作であるように来訪する神をもてなすためのものであり、仲間たちの新しい年の農作業に向けての団結を強める宴のためのものであった。個人の遊びのためのものではなかったのであり、世代を超えた社会のみんなのためのものであった。その意義をもう一度振り返ってみてほしい。

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餅については、全く同感です。100円回転寿司なども機械で握っている店があり、質より量ですね。裏方のロボットに興味があり眺めています。

2008/1/8(火) 午後 4:59 [ FIsam1040 ]


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