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日中の合作との触れ込みの映画「靖国」が、右翼の上映抗議で上映を取りやめたとして、日本新聞協会が言論の自由の観点からこれを問題視し、代表幹事名で談話を出している。確かに「右翼の抗議で」という点に問題はある。しかし過去に、「左翼の抗議で」公立校だけでなく私立校でも卒業式の日の丸掲揚さえできなかった事実をどう考えているのか。北朝鮮への帰国推進問題で、報道機関が、北朝鮮は天国だという北朝鮮の宣伝をそのまま取り上げて、その報道を積極的に展開し、これを信じて北朝鮮に渡った日本人妻たちが、いたことをどう考えるのか。日本人妻たちはその後苦しい生活を強いられ、拉致被害者と変わらないような、むしろそれよりも悪い環境で暮らしている事実について、新聞人はどのような報道上の責任をとるのか。
「報道の自由」「表現の自由」を錦の御旗にすることは慎むべきであろう。例えば性犯罪が、教師たちにまで及んでいるのは、そのような自由を優先して、わいせつな画像が社会に溢れているからではないのか。
ここに「靖国」とは反対の立場で、いわゆる南京虐殺事件などについての真実を追求した新しい映画がある。「南京の真実」という映画であるが、内容が報道されることはほとんどない。日本軍が南京で30万人の市民を虐殺したという、中国側の主張の問題点を追及した映画である。
中国側がこれまで宣伝に使ってきている日本軍人による虐殺シーンは、日本人のものではなかったり、やらせであったりすることがわかってきている。日本の歴史家の検証では、南京での市民の虐殺もなかったわけではないが、逃亡中の中国兵が殺害された場合が多く、その数を含めて4−5万人という数字が最近の研究の平均的な数字であり、虐殺といえるものは、3千人ぐらいという説もある。しかしこのようなことは、なかなか報道されない。事実が検証されないままにこの事件で上海派遣軍司令官であった松井石根大将以下多くの日本軍将兵が、戦後、東京裁判や中国での連合軍軍事法廷で死刑を宣告された。このような裁判が、連合軍側の復讐の意味が強いものであったことは、最近は次第に知られるようになったが、新聞はそのことを、日本の独立回復後も正確に報道しようとはしなかった。
そのために、松井が南京から帰ってきた後に、熱海に近いところに中国戦線で亡くなった日中の人々の霊を弔うために平和観音を建てて現地の土をそこに納め、供養を続けてきたことなどは、戦後はほとんどの人が知らなかった。その後ここに建てられていた東京裁判で処刑されたA級刑死者を祀る墓石が、ある青年の手で爆破される事件が起こった。そのような誤った認識を若者に植え付けるおそれがある「靖国」の上映に反対しているのが、右翼の真意であろう。報道はそのようなことも含めて偏向なしに行なうべきであろう。
「靖国」を上映するのであれば、「南京の真実」と二本立ての上映にすることが、バランスが取れた処置になり、人々に客観的に判断する材料を提供することになるのではないか。
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立ち寄りました(^^)
2008/4/4(金) 午後 3:43 [ cutyzizi ]