山梨県桂川に架かる三奇橋のひとつ猿橋付近を散策した。猿橋は江戸時代に甲州街道沿いの生活道路・通行路として造られたものであるが、深い谷を猿の群れが手をつないで振り子のようになり、対岸の木の枝をつかんで渡る形に似ているとして、猿橋と名づけられたらしい。両岸から持ち出し、せり出しの形で基礎を延ばし、中央部に最後の木材を載せてつないだ形になっている。長さと水面からの高さはどちらも30メートルぐらいだ。
私は前にも来たことがあり、構造には新しい感動はなかったが、その近くに対岸にある中学校に通う生徒たちが渡るためのアーチ状の近代橋が並び、水面に近い部分には幅1メートルぐらいの水路橋が対岸に渡されて勢いよく水が流れているのに、目を惹かれた。いわば三段橋である。残念ながら三段橋は空中からしか写真に撮ることはできないので、ここには猿橋だけを収めておこう。
橋の南を走る甲州街道を横切って1キロほど南に向かうと、臨済宗建長寺派の豪壮な建築の妙樂寺がある。このあたりまで来ると江戸時代に帰ったような空気が流れており、この地下をJR中央線のトンネルが走っているとは思えない。夕日に照らされた石仏達が、「柿食えば鐘が鳴るなり…」の風情で並んでいた。
しかしのんびり散歩している私を別にすると、観光客は目的地だけを目指して車を走らせている。山行きの服装をしたおばさんたちは、風景よりもおしゃべりに夢中だ。機械文明とコンピューター社会の中で、江戸時代に比べると人々は、百倍以上も忙しくなった。私は年相応の体調不良のために病院通いに追われているが、病院では医師も看護師もゆっくり患者に接することができず、患者はベルトコンベアに乗せられた人形よろしく、器械で検査をされたり身体の部品を修理されたりしている。病院は患者にも病院の職員にとってもストレスが発生する場所になっているようだ。そのような場所から開放された午後の秋晴れの中の半日であったが、いくらかは人間らしい気分になれた時間であった。
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