11月26日にインドのムンバイで起こった大規模な銃撃や手りゅう弾などによるテロは、日本人を含む160人以上の死者と300人以上の負傷者を出して29日にようやく鎮圧された。デカン・ムジャヒディン(デカン地方のイスラム聖戦士)を名乗る組織が犯行声明を出したというが、インドの危うさを改めて示す事件であった。
経済活動しか頭にない人たちは、中国以上に上下の生活格差があり、宗教的にも複雑なものがあるインド社会の現状を観念的には知っていても、それに目を向けることをしていない。「はだしの人が多いから、靴が売れるだろう」式の古い発想で活動しているように見える。
インドではイスラム教徒が人口の一割を超え、人数でいうと日本の総人口よりも多いことを頭において置くべきだろう。元ハイデラバード藩王国のようにもともとイスラム教布教が熱心に行なわれたデカン高原付近にイスラム教徒が多いのはもちろんで、これが今回の事件にかかわっているらしいが、ほかにも騒乱要因がある。ヒンズー教から派生したとも言える仏教徒はほとんど目立たないので、インド中・北部とネパール方面に多い仏教徒は狙われる側になりやすい。日本人はイギリスなど経済的侵略国と見られている欧州先進国の人々と同一視されやすいだけでなく、宗教的にも狙われる可能性をもっている。経済活動だけに目が向いているとそのあたりのことが忘れられてしまいがちである。
インドとパキスタンは1947年のイギリスからの独立のときにイスラムを主とするパキスタンとそれ以外の地域に分離されてできた国であるが、境界付近のカシミール地域をどちらの国に所属させるかで長いあいだ争ってきた。日本人がインドで活動するかぎり、インド、パキスタン関係に目を向けずにいることはできない。軍事的には両国とも、対立・抗争の歴史をもっていたおかげで核兵器やそれを搭載するミサイル多数を自前で開発し装備している。それが互いの都市上空で爆発する危険性は、日本の場合よりも強いだろう。どちらも核制限条約適用外の国だからである。
今度のテロ事件はそのような過去の歴史の流れの下流で発生したようなものであり、これでイスラム国のパキスタンとそうではないインドが一時は緩和に向かっていた関係を改めて、再び対立を深めようとしていることが問題である。インドのイスラム過激勢力とパキスタンに入り込んでいるアルカイダ・イスラム過激派が手をつなぐと、インドや世界の混乱は今よりもひどくなるだろう。
今回テロの犠牲になった日本人は三井丸紅関係の社員であるが、事件が起こってから逃げ腰になっても始まらない。今回はたまたま三井丸紅であったが、多くの日本企業がインドの大都市に進出しており、日本のいわゆる企業戦士の活動が、日本に富をもたらしている。その意味ではかれらの活動を支えるための日本の安全保障政策があってよかろうが、外務省は現地でいくらかの情報を集め何か事件があったときは、渡航制限などの動きをみせるにしても、日本の国内向けに安全保障の観点から大きな対策を要求することを恒常的に行なっているとは聞かない。縦割り行政のおかげであろう。安全保障政策の柱になるべき防衛省は、いまだにこのような政策に口を出せる雰囲気にはなく、防衛駐在官(大使館付武官)などを外務省要員として差し出すのがせいぜいである。それどころか、インド海域は中東の原油をはじめ多くの日本関係の船舶が往来するところであるにもかかわらず、アフガニスタン問題にかぎらず海賊対策のためにそこに自衛艦を派遣することさえままならないのが日本国内の現状である。インド方面の航路を海賊などの行動から守るための国際的な活動に海上保安庁とともに海上自衛隊も加わることは、世界的に見て日本の存在価値を高めることになるはずであるが、自衛官を2、26事件を起こしかねない危険な存在として捉えることだけに熱心な一部のひとびとの議論が、国際的にみて正当な自衛隊の活動さえ抑圧しようとしていることに危惧を覚える。インドのテロ事件ははるかに遠い国のできごとではなく、日本の安全保障問題でもある。政治家も官僚も自衛官もそれぞれの立場で、事件の発生を切迫感を持って受け止めるべきであり、コップの中の嵐だけを見ている場合ではあるまい。なお貧富の差を示すインドの自己撮影の写真を添付しておく。
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