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8月9日夜のNHKテレビのスペシャル「海軍あって国家なし」を見ての所感を述べたい。
この番組で海軍の戦争について語った人々の多くを直接知っており、テープに記録されているような話を直接の談話として聞き、防衛研究所で関連する研究をしたことがあるひとりとしては、このような形で番組をまとめざるを得ないNHKの立場が理解できる。
海軍省や軍令部の将校たちが戦力整備に躍起になり、戦える海軍をつくろうとしたのは、今の役人たちと同じで、自分の権限が及ぶ範囲を広げ海軍のため(省益)にという名分のもとに予算を取得し最新の兵器をそろえようとしただけであって、その延長線上に戦争があったということであろう。軍艦のような機械に頼る作戦は、何年もかけて整備した兵器とその運用法、それに慣熟した兵員の訓練度の範囲でしか行えないのであり、一時的に中央部に勤務していた一部の将校の考えだけではできない。作戦をするのは組織である。個人ではないからだ。
将校たちは所詮は組織の一員に過ぎず、それぞれができることには限りがある。特に軍人は命令に服従する習慣を身につけているので、下剋上と言いながらも、下には強くても上には弱い存在でありがちである。そのようななかで、一人だけ戦争に反対することは組織の人間としてはできない相談である。反対すると全体の調和を欠くとして左遷されるだけである。海軍が戦争に突っ走ったのも、陸軍がシナ事変から手を引くことができなかったのも、結局は組織がそのような形で動かざるを得なかったからであろう。さらにその背後には国民の目や政界、経済界財界の意向、つまり雰囲気というものがある。衣服や髪形などの流行に見られるように、日本人は特に雰囲気に引きずられる。
軍人の行動に一番大きな影響を与えるのは、やはり統帥権の総元締めである天皇の反応である。しかし天皇もやはり組織の一員であり、そのような雰囲気から逃れることはできなかった。憲法上天皇は日本の最高の統治権者であったが、「君臨すれども統治せず」という、江戸時代の将軍や大名、さらにはイギリスの王と同じような行動をせざるを得なかった。それが日本の統治権者の暗黙の行動原理になっていたからである。
このような傾向を修正するのは言論だという意見もあるが、戦後の日本の言論は、自由だと言いながら不自由であった。その時その時の雰囲気にひきずられて、つい最近までは、共産主義的なところから出てきている世界戦略により形成された、日本社会の雰囲気から脱することができなかった。ソ連崩壊でいくらか雰囲気が変わってきたが、マスコミの傾向に反対して意見を述べることが難しいのは、私がこれまでさんざん体験している。NHKを含めてマスコミは、世間の雰囲気に迎合的なのである。
欧米人とは違い自己主張をせず、周囲と同調する穏やかな性格をもつ普通の日本人の遺伝子を変えることは難しいのではないか。そのような日本人で形成されている社会の思想的な変化は、テンポが非常にゆっくりしたものになるであろう。戦場での指揮官の判断は一刻を争う。そのようなゆったり型の日本人、組織内での根回しを重視する日本人に、欧米型の指揮官中心のリーダーシップによる戦争指導やそのリーダーシップに直ちに反応する戦争組織の動きを期待するのは難しい。小部隊の戦闘では一時的にそれができても大部隊や国家の戦略的な動きに、これを期待することはできない。これが、戦争や軍事について長い間研究してきた私の判断である。
そのあたりへの突っ込みなしに、当時の海軍中央部で勤務していた一部の人たちの戦後の談話だけで、歴史を反省することは軽々しくやってはいけないことではないか。
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日本人の長いものには巻かれろ意識がわざわい。
それを失くすのは、組織であり、開かれた言論でしょう。
2009/8/10(月) 午前 9:44 [ ひろ ]