台風8号は台湾や中国南部に大きな被害をもたらした。日本でも沖縄だけでなくその影響で列島各地に大雨が降ったが、台湾は50年に一度という大被害を受けた。日本統治時代に新高山と呼ばれた富士山を超える高さの玉山や名勝阿里山付近に二日間で3000ミリもの豪雨が降り、それが台湾南部の旗山渓や老濃渓と呼ばれる渓谷沿いに高雄方面に向かって流れ下った。
もちろん流域にも1時間に300ミリという豪雨が降ったので、6階建の観光ホテルが川の流れに足元をすくわれて倒壊するというシーンをテレビで見た人は多いだろう。しかしホテルの人々は避難していたので無事であったが、山間の各地で土石流が発生し、多くの人が生き埋めになったことが問題であった。南部山中を東西に横切る道路の、途中にある甲仙郷小林村では、土石流のために、500人から600人が住んでいたと推定されている200戸の村落が消滅してしまった。しかし道路が寸断され多くの橋が流失していたために、すぐにはその状況が分からなかった。
翌日に台風が去ってからも救援隊はこの山間部に到着しない。それどころか台北の政府首脳が散髪に行っていたとか、外国からの救援申し入れを断ったというニュースが流れたために、被災現地の人々は怒った。政府は慌てて馬英九総統が現地視察をし救難隊を送り込んだが、かえって火に油を注ぐ結果になった。
この地域は、台湾人口の2パーセント、30万人の先住山地民のうちの多くが住むところである。先住民は、日本統治時代は高砂族と通称され現在は高山族、山胞などと呼ばれている。かれらは日清戦争後の日本統治時代に、最初は日本統治に反発して騒動を起こしたこともあるが、前大戦中には日本の志願兵や軍属として太平洋各地で勇敢に戦っている。そのような人々を馬政権が敵に回すことは得策ではない。南部に住む漢人も馬政権とは反対の立場の人が多い。
もともと大陸側から国民党蒋介石とともに台湾に入ってきた外省人の系統の馬英九は、彼らに冷淡であった。劉行政院長(首相)以下閣僚もそうである。政府が、台風の被害を身近に感じない台北に位置していることも影響しているであろうが、台風対策の政府の腰の重さは、そのような冷淡さも影響していたのではないか。
行政院長は19日の記者会見で対策の遅れを謝り、陳国防部長たち責任者の辞意を受け入れることや内閣改造について語ったが、これが政府に今後、どのような影響を及ぼすのか現時点では先が見えない。もう一つの問題点は、この事件で示された政府の緊急事態への対応能力の低さであろう。大陸の共産党政権にすり寄っている台湾国民党の馬政権は、中国共産党政権が引き起こす恐れがある台湾海峡危機への対応を真剣に考えていないのではないか。そうでなければ、台風という危機への対策がこのように遅れるとは考えにくい。台湾海峡を越えての相互の交流が進み、台湾の人々が自発的に大陸との関係を改善していくのに、日本など第三国が異を唱えることはできない。しかし、そうなるまでは、それなりの危機対処能力を維持していくのが、台湾政府当局の責任であろう。
なお日本政府は台湾政府の態度の変化により、1億1千万円(無償5000万円)の台湾支援を発表し疫病対策のための人の派遣もすることになったが、アメリカも台湾との接触を避けていた最近の態度を改めて、沖縄から軍用機で支援物資の輸送などを行っている。寸断された道路の復旧だけで1億円以上が必要であり、南側の鉄道屏東線の復旧にも半年かかるというから、旧宗主国であった日本としてはこの程度の援助をするのは当然であろう。写真は花連上空から山地を遠望したもの。
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それより、そろそろ、細川護熙を北朝鮮に訪問させるべきだ。
2009/8/20(木) 午後 3:07 [ - ]