軍事評論家熊谷直の社会評論

アジアを中心にした社会・軍事の情勢やニュースの分析

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 ゴールデンウィークにやってきた孫たち一家とともに、近場の川原でバーベキューを楽しんだ。翌日も他の川べりで、孫たちを鍛えるためのハイキングをした。どこも家族連れの人出が多かったが、人々の楽しみ方が画一化しているのが気になった。簡易テントを張り、携帯用のバーベキューセットで調理をし、折りたたみの椅子テーブルで食事をしている。飲み水はペットボトル入りのミネラルウォーターである。なんとなくアメリカンスタイルであるが、日本流であり、ものまねの域を脱していない。アメリカの、ヒグマが出没するところで親子連れのキャンプを楽しむ豪胆さはみられない。我が家の孫たちも同じで、虫が怖いというのには参った。車で移動することはしても、ハイキングをしようとする子どもたちが少ないのにも、日本の将来に不安を覚えさせられた。
 江戸時代までは中国、その後は欧米の文物を輸入しまねをすることで日本的な文化を育ててきた日本人の歴史を見ると、物まねが悪いとはいえないが、遊びさえ画一的になっているのが気になる。ファッション・美容業界の宣伝に踊らされて若者から年寄りまで茶髪や金髪に髪を染めていた時代は、ようやく終わりになりつつある。また時と場所を考えずに、ケータイの画面から目を離そうとしない人々の光景もいくらか少なくなりつつある。しかし次の何かが待っているだろう。
 外国の物まねとともに国内での物まねによる画一化が日本からなくなったことは、私の生きてきた70年の歴史の中になかった。それでもそのおかげか、行楽地の塵の持ち帰りや処理が習慣として行き渡りつつあり、ところ構わず路上に座り込んでいた若者たちが少なくなったことは逆の意味の物まねとして評価できる。そのような面での物まねは、悪いとはいえない。しかし無批判に流行に流される国民性は問題であろう。思想の流行という目で見ると、戦前は軍事一辺倒であり、戦後はつい最近まで、左翼的な反戦平和が幅を利かせていた。本質的な反戦平和は悪いとはいえまいが、戦後の意図的な、自派の利益のための宣伝の手段としての反戦平和運動に乗せられてきた人たちは気の毒であった。そのために就職できずに一生を棒に振った人も多い。
 連休中に大坂で起こったコースターの車軸折損事故も、物まねだけで組織を動かし乗り物の危険性について自分で考え、自分で点検処置をしようとしないところから起きたとはいえまいか。政府や製造会社の指示、いいかえると権威者の指示がなければ何もしない、人々がやっていれば無批判にそれに従うという体質は改めなければなるまい。やはり連休中に問題になっていた憲法改正問題も同じである。有識者の意見は聞くにしても、それを鵜呑みにするのではなく、最後は自分で考えなければならない。その意味で、世の中が複雑になり学ばねばならないことが多くなっている今、若者の表面的な行動だけをみて、国民投票権を20歳以上ではなく、18歳以上に引き下げることには問題があると考えている。

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