軍事評論家熊谷直の社会評論

アジアを中心にした社会・軍事の情勢やニュースの分析

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 若い人たちの行動パターンが高齢者と違ってきているだけでなく、年配者に対する気遣いの習慣がなくなってきている感じがして、高齢者が住みにくい世の中になってきていること思わせられる機会が多くなっている。
 まず身の廻りのことから言うと、小学生と中学生の孫たちを預かるようになって3年になるが、当方が耳が遠くなってきているだけでなく私に対する言葉遣いが友達仲間で使っている言い回しと同じになっているので、半分も理解できないことがある。何度も聞きかえすと、「またとぼけて」とか、「もういいよ」などという言葉が返ってくる。孫たちに、「昔は目上の人には丁寧な言葉を使いなさい」と教えられたものだと、口うるさく注意し、教育はしているものの、戦後生まれの人やその子供の20代、30代の親たちの言葉が悪くなっているのでどうにもならない。「あいつ」とか「好きな奴」といった汚い表現を、汚いと認識していない小学生の親の世代の表現が、そのまま子供に受け継がれてしまっている。小学校の教師は、子供の目線と同じ高さで教育することが大切であるにしても、言葉まで対等にしてしまっては、年配者への気遣いが生まれようがない。
 駅の昇りエスカレーターに群がっているのは、高校生や大学生である。階段を登っているのは、比較的元気なおじさんやおばさんであることが多い。もちろん、なかには年寄りに気遣いを見せる若い人もいる。しかし例えば席を譲りたいが気後れしてと思われる態度を見せて、そのままタヌキ寝入りをしている若い人もいる。知らない人、つまり知人友人以外の、特に年配者に対しては口のきき方が分からない人が多くなっているようであり、家庭での躾ができていないためであろう。因みに、孫のところに遊びに来る子供たちの半数は、靴を揃えることなく脱ぎっぱなしにしているので、きちんとするように口うるさくいっているが、いわれればそれなりの反応を示している。躾をきちんとすれば、最小限の社会常識を身につけることができるはずである。
 齢をとると、特に男性は物を言うのがおっくうになるようである。電車の中で移動するのも、向きを変えるのも容易ではなくなる。そのため「失礼」「ごめんなさい」「すみません」の言葉もなく、人込みをかき分けて電車の出口に向かう老人がいるが、これは年寄りだけでなく若い人にも多い現象である。少なくとも若い人はこのような場合に他人への気遣いを示すべきであろうし、おたおたしている年寄りに対して、「何をしている」というような、自分のいら立ちをぶっつけるような言葉を発するべきではあるまい。
 そのような言葉の問題とは別に、相手の身になって考えることができなくなっている社会現象もある。最近国外ツアー旅行の手続きを旅行社に依頼して感じたのは、その事であった。社員が500人もいる中堅旅行社であるので、きちんとした対応を期待して窓口に行ったのであるが、コンピューターと会話しているような印象で、昔のお役所を思い出させてくれた。自社の利益につながらない手順外の余計なことは、しないことになっているのであろうか。そのくせ手付金だけはがっちりと領収した。少なくとも、「インターネットを見るとそのようなことが書いてある」ことの説明ぐらいはあってしかるべきだと思ったが、当方としては、2度とそこには依頼しないことと、友人知己にその話をすること以外に対応法がない。
 コンピューター社会、車社会、会社人間など、人との触れ合い、特に世代が違う人との仕事外での付き合いが難しい社会になってきているので、言葉づかいがおかしくなり、知らない他人への気遣いも薄れてきているのであろうか。一隅を照らし、脚下照顧をすることに努めてはいるが、共感を得てもらうことが難しいのが現実である。
 
 

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