軍事評論家熊谷直の社会評論

アジアを中心にした社会・軍事の情勢やニュースの分析

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 大阪で、幼い姉弟の実子ふたりの育児を放棄して死亡させた若い母親の事件は、その芽がどこにでも転がっている珍しくないものになっているのではないか。子連れで結婚した母親が夫との生活を優先して実子を邪険に扱い、最後には死亡させたという報道はいくつもなされている。
 継子の問題は外国にも日本にも昔からあった。シンデレラの物語に描かれているとおりだが、それでも私がそのような物語を読んでいた戦前戦後の貧窮時代には、生活は苦しくても皆、懸命に生きていたのであり、継子いじめは物語の世界のものであった。戦災孤児と呼ばれた戦火の中で親を失った子供たちに、手を差し伸べる人もたくさんいた。学校のクラスにはそのような状態の子供もいたが、いじめられることはなかった。当時問題であったのは、比較的裕福な家庭で親に甘やかされて育った子供であった。そのような子は、自分勝手で何か子供に関する事件が起こると親がすぐに出てくるので、同級生から毛嫌いされていた。
 私が育ったのは田舎だが、当時は小学校高学年になると、家の農作業の手伝いをするのが当たり前であった。勉強よりも仕事優先で、田植えの時期や稲刈りの時期には、学校に農繁期の休みが何日間かあった。猫の手を借りたいという表現があるが、小学生なら小さな子供でも、妹や弟だけでなく近所の幼児の子守に駆り出された。そのような生活の中で社会的な生活能力が高められたのであり、遊びを子育てに優先するような若者は生まれてきようがなかった。
 現在の若者の多くは、学校を卒業するまでは学業第一と言われて育ち、ちょっとした家事の手伝いさえしないのが当たり前になっている。学校の先生たちでさえ掃除の仕方や炊事を知らない人が多くなっているので、それを教える側の先生向け講習会が行われたりしている。これでは若者が社会的に成人できるはずがない。私は孫に自分部屋の掃除をさせているが、何のために掃除をするのかを説明することから始めなければならない。それでも1週間に1度すれば十分だとうそぶく始末だ。
 年寄りは孫を甘やかすだけではなく、厳しく生活指導をすることに留意しなければなるまい。学生時代は、学業と遊び、社会人になってからは、会社と余暇の遊びの人生では、子育て放棄になるのは自然の流れであろう。以前はそれが男性に限られていたが、女性の社会進出で、子育てをする担当者がいなくなってしまった。親は子供を、人間社会を未来につなげる子孫としての観点から大切に育てるべきであろうが、そうではなく、犬や猫と同じ愛玩の対象、つまり自分にとってどのような価値があるかとしてしか見なくなっている。それが子どもの虐待という社会現象として現れているのではないか。
 外から見て虐待と躾の区別をするは難しいものがあるが、隣近所の付き合いと意思疎通ができていれば、比較的区別できるであろう。隣近所との付き合いを避け、遊びの時間に影響する可能性があるだけでなく、私生活に介入されたくないという理由から、自治会活動には加わりたくないという若者をつくらないよう、年寄りは子供や孫に、年長者との付き合い方を学ぶ機会をつくるように教えていくべきであろう。それができないのであれば、一昔前の共産主義国家のように、国家が強制的に保育施設で子供を育てることに行きつくかもしれないが、それが失敗であることは、ナチスドイツや毛沢東主義の過去が示している。

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