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ロシア海軍の艦艇とインド海軍艦艇が日本海で共同訓練を行なうという報道があった。これに先立ちインド艦艇は4月16日に房総沖で日米の艦艇と3日間の訓練を行なっている。お互いに英語や旗で交信しながら同じ海面で編隊を組むなどの、基本的な訓練をしたのである。
インド海軍は、少将を司令官とする9隻が新任士官の訓練のために行なう遠洋航海のときに日本を親善訪問したのであり、外国艦艇のこのような形の日本訪問は珍しくない。横須賀の日米艦艇と親善のために訓練をしたのであり、露印艦艇訓練も同じような意味を持つものであろう。
軍艦は昔から、自前の移動手段をもつ外交使節団のような役割を果たしてきた。正当な理由で外国の領海内に入っている軍艦の艦内は、相手国の司法権限が及ばない地域であり警察の捜索を受けることはない。かつて浦賀にやってきて日本を開国させたペリー艦隊も、武力脅迫という手段を使ったことは別として外交使節団として行動している。現在は、新任士官の訓練航海の名目で各国の練習艦隊が相互に親善訪問をしているのであり、海上自衛隊の練習艦隊も、4月20日に東京の晴海から太平洋周回の19年度練習航海に出かけている。。
ペリーの艦隊の行動は、武力脅迫を伴うもので砲艦外交といわれるものの典型であったが、明治24年夏に長崎にやってきた清国の6隻の艦隊も、似たような行動をした。訓練航海を名目にしてはいたが日清戦争前の日本を威圧する目的をもっていたと考えられている。旗艦定遠は当時としては大型の7400トン鋼鉄艦であり、日本の扶桑など3700トンの艦とは比べものにならず大きかった。その後旗艦は長崎に停泊していたが、扶桑並みの2隻が親善名目で横浜に回航していて、日本の新聞はその脅威を報道した。しかし洗濯物が大砲に渡したロープに干されているなど、規律の面で日本海軍に劣っていることを見抜いた報道もあった。
今回のインド艦隊の日本やウラジオ訪問は、経済関係も視野に入れた親善的なものであったことは疑いない。しかし旧式とはいえ航空母艦ももっていて、総トン数でも海上自衛隊に匹敵するインド海軍の日本などの訪問には、それなりの意味があるといわねばなるまい。インドはソ連の時代からロシアから兵器を輸入するなど、外交や経済面でロシアと深い関係を築いてきている。一方で隣接する中国とは国境紛争を繰り返してきた。日本とは比較的関係が薄かったが、中国を牽制する意味で、日本との関係を深めておきたいという狙いがあるのかもしれない。遠交近攻そのものの施策に注意を向ける必要がある。
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ちなみに、今回インド海軍は、同時期に日本及び中国に艦艇を派遣し、日中両国と合同演習を行なった後、 「日本組」と「中国組」が合流してロシアを訪問、ロシア海軍と合同演習を行なっております。 この2隻(駆逐艦ランジット、ラナ)http://blogs.yahoo.co.jp/rybachii/18041415.htmlが「中国訪問組」です。 「中国を牽制する意味で、日本との関係を深めておきたい」と言うより、単に二股掛けているだけでしょう(笑)
2007/5/16(水) 午後 9:37 [ 高町紫亜 ]