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北海道で町村衆院議員が比例代表の議員を辞職し、補欠選挙に立候補して当選したことで、自民党が勢いづき民主党が反省を深めているように見える。 この選挙の問題は二つある。比例代表の価値がそれほど低いものかということと、民主党仙石官房長官が、一地方の補欠選挙の結果ですべてを判断することはできないと強弁していることである。
比例代表制度は、小選挙区では全体の半数近くの得票をしても他の候補が半数をわずかに超える得票をして当選した時に、多くの死に票が出ることになることが問題視されてもうけられた。しかし今回だけでなく、個人票で落選しながら比例票で復活当選した議員が真に民意を代表しているのかといういう点で、これまで何度も問題にされてきた。それならば大選挙区にして一選挙区から数名の当選者を出すようにすればという意見も出てくるが、大選挙区では選挙に金がかかりすぎるということで、現在の制度になったのであり、この問題を解決することは難しい。
結局は政治と金の問題になるのであり、北海道教組が選挙に違法な支出をしたことでやめることになった民主党前議員の穴を埋める補欠選挙で、町村氏が当選したことを考えると、国民は金の力がものをいう政治に飽き飽きしたということであろう。それを一地方の選挙結果にすぎないと強弁してみても、このままだと、民主党の地方選も含む次回の各種選挙の結果を暗示しているという予測に、対抗することはできまい。
菅内閣の尖閣問題など政治無策がこの結果に表れているという見方もあるが、無策ということでは小沢・鳩山体制下でもそうであったのであり、鳩山氏が再び、このような状態では自分が政治活動を続けることが必要と述べていることなどは、あきれるとしか言いようがない。政治に必要なのが予算に関係する経費計算であって、政治活動費を集める手腕でないことは明らかである。小沢氏に限らず、政治活動費の表向きの収支が合っていれば、問題はないというのが自民・民主を問わず多くの政治家の考えのようだが、そのような政治家特有の考えから離れて、官僚と政治家が一体になった効率的な予算編成ができる政治・行政の制度・体質にすることが当面、国民が望んでいることであろう。
大所高所から眺めた計画や詰めた計算なしに、子供手当を推進したり、後期高齢者の制度を廃止するとした選挙目当ての公約を推進されたのでは、財政がもたない。計算ができないので、後期高齢者制度をやめて他の制度に吸収させると、個人負担が一割ではなく二割になるという結果が出て慌てることになる。後期高齢者という事実を表している法令用語を取り上げて難癖をつけることはやめようと、かつて私は主張しブログにも書いたが、用語問題よりも大切な根幹の計算のことを忘れていたのが、政府反対党だけでなくマスメディア一般の傾向であった。
計算ができないのは別に現政権だけではない。自民党政権当時も同じことで、かつての自民党小沢幹事長以下、多くの二世議員たちが何をやってきたのか、表に出ないまでも公共事業が政治の金や役人の金に化けていたことは、時折摘発されて表に出てくる例で推測がつく。政治屋の選挙当選や、お役人個人の出世や生活という、個人欲に絡むのではなく、金銭についてはきちんとした収支計算見積のもとに、不必要な経費支出をしないですむように、制度や組織を改めていくことが大切である。民主党政権は、単なるパーフォーマンスとしての行政業務の仕分け作業ではなく、地道な官党民一体の事実究明作業から手をつけるべきであろう。
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