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多摩地区の八王子郊外にある我が家の周辺で、鶯の声が聞こえるようになった。まだ「ほほほホケキョ」と鳴き方がたどたどしいが、梅は満開なので春の訪れそのものといえる。
春を告げる自然があるかと思うと、ニュージーランドの地震のように災害をもたらす自然現象もある。私は、霧島連山の噴火に見られように、地球の内部のマグマの動きが連動して世界の地殻の移動を促し、地震や異常気象をもたらし地表に災害をもたらしているのではないかと憶測している。
しかし人間の社会現象のように、独裁政権が人々の生活苦をもたらし、下層の人々の不満が政権の打倒に向かって動く現象のマグマに相当するものは、何だろうか。人間の欲望であろうか。独裁者には独裁者としての地位を保持したい欲望がある。独裁者であることは、お釈迦さまが説いた名誉と地位(支配欲)・色気・食欲・睡眠(怠惰)・財産といった自分の欲望を満足させらる立場にあることを意味する。支配されている大衆も同じような欲望を持っているが、最低限のものが満たされている限りは革命のような面倒な騒動を引き起こしたくないのが多くの人の本音であろう。
この欲望充足を求める心理は個人で違いがあることはもちろんだが、民族性によっても相違があり、アラブの人たちは聖戦思想に見られるように、熱狂的な破壊に向かいがちな半面で冷静な半面を持ち、部族の代表者が統率力を発揮すれば人々はそれに従って、表面的には平静を取り戻す面があるようだ。リビアの騒動も、そのうちに落ち着くべき所に落ち着くと思われる。ただし部族長たちの連立政権の形がしばらく続くのではないか。
アジアの人々は、部族よりももう少し大きな民族でまとまり、指導者が権力を握ってからは、それに従う傾向を持っているように見える。これは水田稲作に代表される農業を中心にして、歴史的に育まれてきた農耕共同社会が、欲望のコントロールをしているからではないか。かつてそのコントロールをしてきた規範が儒教道徳であった。そのため歴史的に見て、アラブ人ほど熱狂的な破壊に向かわず、権力者が生活の根底を破壊してしまう破壊をしない限りは、人々は辛抱強く行動する。中国がそうだが、北朝鮮の独裁政権が容易に崩壊しないのは、そのためではないか。しかし新疆の遊牧民は宗教上も生活習慣もアラブに近いものを持っているので、場合によっては漢民族中心の中国から離脱する動きを示すことがある。もともと彼らは、漢族の国家とは別の国を立てていたからである。
ひるがえって日本の場合はどうか。農耕共同社会であり島国で育まれてきた伝統のおかげで、 徹底した破壊は受け入れられない。対米戦敗北の時、最後の段階でポツダム宣言を受け入れたのはそのためであろう。アメリカの占領政策のおかげで日本は民主国家になったといわれているが、もともと日本は話し合い、根回し社会であり、アメリカとはいくらか違う意味で民主主義国家であった。天皇制が幕府時代にお飾り的な存在ではあっても存続してきたのは、騒乱を好まない民族性のためであろう。実質的な権力機構の徳川幕府には専制君主は存在せず、将軍も普通はお飾りであって、老中たちが相談して根本の方針を決めていた。犬公方といわれた五代将軍綱吉のように、一時的に我をとおしても、死後まで犬を大切にする制度を存続させることができなかったのは、人々の怨嗟の声が老中たちを動かしたからであろう。戦争中の東条首相も、戦争遂行に向けての強権的なやり口が一部の人に恨まれはしたが、真の独裁者ではなかった。そのため政権交代は比較的円滑に行われている。
菅首相がリーダーシップを発揮できないのも、社会にその伝統があるからであろう。壊し屋といわれる小沢議員が、民主党を壊して新しい政党を編成することに成功したとしても、この社会の仕組みから逃れることはできまい。そのことを認識し、世界情勢についても民族性を考慮した判断をすることが、日本の政治家に求められているのではないか。
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