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連休がようやく終わった。外出して目に付いたのは、人々の消費意欲が低く、お金がかからないところに人が集まるという傾向であった。金沢発高速バスの居眠り死傷事故はそのようななかで起こったといえよう。安いものは安全が軽視されているという事実を、この事故が示している。
航空会社も低運賃のものに人が集まりつつあるが、航空機の安全は綿密な機体整備と空の安全を維持するための飛行場の機能や航空交通・無線関係のような施設、それにパイロットの技量と余裕がある要員数で保たれている。目先の利益だけを追求する経営方針の下では、このようなものが軽視され、事故がおきやすくなる。食事の提供のようなサービスは、廃止しても近距離ではあまり問題は起きない。しかし安全にかかわるものを手抜きしていると、積み重ねが事故につながり、多数の人の命が奪われる大事故になってしまう。利用者のほうもその点に注意が必要だろう。
3日は憲法記念日であったが、反戦平和の立場から現行憲法を守ろうという社民党の主張は、すっかりカビが生えたものになってしまった。福島党首の顔をテレビで見る機会はほとんどない。連休中の街にも、そのような宣伝カーを見ることはなかった。同時に、問題点を改正しようという動きも、なかなか前に進まない。これも、目先の国家安全保障は自衛隊が犠牲的精神を発揮してどうにかやってくれているから、政治家が下手に火をつけて自分たちのマイナスになるよりは、そっとしておこうということだろうか。憲法改正は9条の国の安全の問題が一番大きな事項であるが、国際的な活動で、現場で活動している自衛官の努力と献身でどうにか、日本の国際的な立場が守られているということを、国民は認識してほしい。
私は現在は軍事評論家を名乗っているが、その40年も前に国防の志を立てて、発足したばかりの防大にあえて進み、合格した帝大系の大学を顧みなかったのが、現在にいたる始まりであった。私の終生の願いがここにある。朝鮮戦争の紛争にもベトナムでの紛争にもいくらかのかかわりを持ちながら若いころを過ごし、定年までお国のためにと心に言い聞かせながら組織のなかで働いてきた私にとって国防が全うされることは大切な願いだ。多くの国民が国防軍の必要性を認識するようになり、自分が戦場に身を置くことまでは考えないにしても、心情的には国防軍の必要性を認めてくれるようになってほしい。
なお祝日には国旗を掲げることをしている私も、憲法記念日だけは国旗を掲げる気にならない。退役した友人の米国海軍軍人が、日本では祝日にバスが国旗を掲げて走っているものがあるのを見て不思議に思うと話していたが、個人の心情を国旗に託すのは悪いことではあるまい。オリンピックの勝者が日の丸の掲揚と君が代の吹奏に涙するのは、自分の勝利を国民が祝ってくれていると思うからであろう。国旗を人が掲げるから、あるいは掲げないから、自分もという考え方には賛成しない。
そのような付和雷同性で怖いのは、自分の意見が通らないから力を行使してという方向に世論が動いたり、目先の原発のような事故に惑わされて、危ないからすべて廃止しようという感情的な論が世間を支配したりすることだ。事故を起こしても安全対策を十分に採ればよいのであって、危ないからバスは要らないとか、原発を火力発電で置き換えればよいという大気汚染の問題を棚上げしたような無思慮な意見にはくみしない。「平和憲法遵守、教え子を戦場にやるな」というソ連など共産系の世界戦略に乗せられて日教組などが唱えてきたスローガンに自衛官は悩まされてきた。それを受け入れていた同世代の大江健三郎などから、防衛大生や自衛官は税金泥棒よばわりされた。国の税金や補助金のおかげで大学に進学しながら勉強そっちのけで安保騒動などに首を突っ込んでいる大学生を批判することもできない雰囲気に置かれていたのが、われわれであった。そのような経験が私の主張の背後にある。
当時私が考えていたのは、時流に乗る意見には理論的に反論し、自分は自分の道を歩き続けるしかないということであり、自衛官としての修養を第一にして生きてきたが、感情に理論で対抗することは容易ではないことを常に思い知らされてきた。物書きとしても、軍事ものを読む読者は限られているので、常に悩んでいる。たとえば海軍はスマートというイメージができあがっていて、それをテーマにすると売れやすいので出版社は喜ぶが、陸軍幼年学校出の将校が戦後悪者扱いされた影響で、幼年学校教育が合理的であったことを述べることはタブーに近くなっている。そのため手元にその原稿がそのまま残っている。それでも歴史家として真実を述べるのが務めだと思い、せめて後世に残しておきたいと思い、売れないものを書き続けている。
戦後60年以上、つまり2世代が経過してから、ようやく「反戦平和」という悪しき呪縛から国民が解放されつつあるが、過去の歴史を見ると、明治期に反朝廷と指弾され悪者扱いされていた徳川家康や足利尊氏が、完全に名誉回復をしたのは、少なくとも明治維新から120年を経過してからであった。つまり戦後から現在までの二倍の年数がたつ今から60年後ぐらいまで、戦後に形成された現在の世論が、日本を支配し続ける可能性を、このような過去の歴史のなかに読み取ることができるのである。
グローバル化の世界のすう勢を説く人は多いが、人間の心は自分が育った環境に支配される。一部の先進的といわれる人のグローバル主張は、しょせん現在の日本人全部を動かすにはいたらないだろう。昔、反戦平和を唱えたり、その他の面でもアメリカ的な文化の時流に乗った人の主張が人々に受け入れられたのは、米占領軍の政策という強権力によるバックアップがあったからであった。現在の中国がそうであるように、強権力は人々の思想さえ変える。そのようなことを好まない今の日本の人々がグローバル化することは、しばらくはありえまい。このことは政策を決定する上で重要である。政府は日本人の心を読み取って政策を立てる必要がある。
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