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2月の初めにインド北部を歩いてきた。最近インドの急速な発展がニュースになっているが、実地に見聞した結果、報道は割り引いて考えるべきだという印象を受けた。
首都デリーでもニューデリーの限られた地域は政府の強制措置によって近代的に見えるが、それ以外の場所は発展からは程遠い。インドで最も貧しいといわれているネパール国境に近いビハール州の状態は、デリーの後れた地域の半分以下というところであろう。戦後の日本の混乱状態によく似ている。
車で回る途中にヒンズー教徒とイスラム教徒の衝突があったばかりという場所も通過したが、電気がきていなくて夜はランプ生活という状態、乾燥させた牛の糞が燃料として多用され保管されている状態は、明治前期の日本とも共通する。小学校入学率が男7割強、女4割台というのも明治中期の日本と同じである。ただ日本では徴兵検査時に調査をするなどこの統計値が比較的正確だと思われるが、インドの数値は有志者が野天で教えている学校に、しばらくの間在籍したものまで含めているのではないかと疑われる。
それでもインドは総人口が11億であり、その1パーセントの上流家庭の子弟が高等教育を受けたとすると毎年1000万人以上が社会の指導者層に加わるのであり、員数としては少なくはない。農村にはそのような高学歴指導者の需要が少ないと思われるので、日本の明治時代中期と比較して考えると当面はそれで問題になることはあるまい。日露戦争前の日本には、大学としては東京、京都の2校しかなく、大学進学者と同じ程度の能力を持ち士官学校や海軍兵学校を卒業した陸軍将校、海軍士官が社会の重要なリーダーとしての地位を占めていた。インドはイギリスの伝統の影響で一般社会で軍人が活躍することは少ないようであるが、何かの時には指導者層の薄さが問題になるだろう。日本では日米戦のときに高学歴者が少なかったために飛行機操縦者や兵器技術者の不足に悩み、学徒動員をしている。人的面にこのような問題を抱え、貧困層が9割以上を占めるインドの将来を考えるとき、特定の近代的環境だけに目を奪われていると、判断を誤るであろう。
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インドは現在中流階級が成長している段階ですから、これから高学歴者が増えるんじゃないですかね。
2007/3/6(火) 午後 7:41