軍事評論家熊谷直の社会評論

アジアを中心にした社会・軍事の情勢やニュースの分析

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猫の助け合い

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 我が家のベランダにときどきやってくる白黒の野良猫がいる。今日は肩が凝らないこの猫の話をします。
 昼間の豪雨の後、家内が、この猫がタヌキのようなものを引きずりながら咥えてきたと、騒いでいる。行ってみると白黒猫よりやや小さい動物だ。びしょ濡れになっているのですぐには分からなかったが、どうも、きじ猫のようだ。それにかすかに口を動かしている。裏山の崖から落ちたか大雨に流されたかして、10メートルほど離れた路地で雨に打たれていたらしい。孫が、一時間ほど前に見たと言っていた。
 野良猫にえさ付けしているわけではないが、家内がときどき、残り物を庭先のベランダに置いている。私もこの猫が来ると、声をかけることがある。それを知っているからか、死にそうなこの猫を咥えて10段ほどの玄関口の階段を上り、ベランダまで引きずって来たのであろう。どうも、助けてやってくれという意味らしく、一応雨に打たれないように小さな段ボールに入れて一晩様子を見ることにした。白黒猫はその処置をしたころにやってきて、心配そうにのぞきこんでいた。
 翌朝、多分死んでいるだろうからと思い、どこかに埋葬するつもりで覗いてみると、段ボールが芝生の上ににころがっていて、中身は空っぽだ。引きずったようなあとはないので、いくらか元気を取り戻して山に帰って行ったのだろう。あたりを探してみたが姿が見えなかった。白黒猫も見当たらない。これで家内ともどもにホッとした。以前に親猫らしい2匹が、生まれたばかりの子猫を連れてきてニャン、ニャンと鳴きながら、飼ってくれというそぶりを見せたが、餌をやったものの一晩そのままにしておいたら冷たくなっていたので、山に埋めてやるということがあった。親猫はしばらく、そのあたりをうろついていた。猫には感情がある。しかしこちらも感情に流されてしまうと、家じゅうが猫ということになってしまう。自然のおきてには従わねばならない。
 野良猫は飼い猫と違って7、8年の寿命のようであり、それが天命なら、死後の処置をやってやればよいと思っている。以前飼っていた2匹の猫は、生まれて間もない野良ネコであったが、飼い猫にしてから約20年の寿命であった。死後は庭先に埋めて墓標を建ててやった。それほどにはしなくても、生命は大切だ。天寿は全うさせたい。
 80歳の傘寿が半年後にやってくる今の私は、死に際を綺麗にしたいと願っている。在家の修行者として戒名を授けてもらい、仏前の毎日のお勤め供養は欠かしていない。生老病死は仏教の大切な課題だ。感情に流されず、天命に従い、死ぬときはできるだけ他人の手を煩わせない、日常の生活でも他人に尽くして、種としての生命の循環の一環の役割を果たすのが悟りの境地であろう。猫だけでなく自然の生き物は動物も植物も、自然の摂理に従って生きている。鉱物さえもそうであろう。天体であったものが集まって地球を造り、マントルになり火山から噴出するなど、動物と同じだ。自然のおきてに従って生きて行き、綺麗な最期を遂げたい。
 私は武士としての自衛官のときはいつでも任務を果たして戦死できるように、身の回りを整理して置く事を心がけていた。退官後も国防のために歴史家・軍事評論家としてできるだけのことをしてきた。40歳代から50歳代のときもそれなりの努力を続けた。しかし今、人間の個人の一生は非常に短いということを、猫の一生を通じても感じている。結局は次世代の人に譲っていくのが老人の役目になるのであろう。
 歴史家としての私は一万年前の縄文時代も、昨日のことのように思える。先祖の1000年前の熊谷直実など武将たちの活動は、それ以上に身近だ。個人の一生をつないで種としての人類がいかにして生きていくか、そのなかで個人がどのような役割を果たしていくべきかは、先人が教えている。個人の欲望達成だけイメージ 1が生の目的だとしたら、悲しいことだ。猫に学ぶことも必要だろう。写真は上が黒白ネコと下が昔親子で来た猫一家

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