軍事評論家熊谷直の社会評論

アジアを中心にした社会・軍事の情勢やニュースの分析

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 テロ準備罪について朝鮮系、中国系の反対大合唱が一般報道でもインターネットでも目立っているが、それを許しているのはメディアであろう。大東亜戦争、いわゆるアメリカ側の太平洋戦争のとき、大本営発表に迎合したのは朝日新聞をはじめとする大手新聞社の記者たちであり、また家永三郎など学者を名乗る(元東京教育大)人がちょうちん持ちをしたことを歴史研究者の秦郁彦が述ているが、私もそれに賛同している。家永は戦後は、占領軍の旗持ちに態度を変えて、戦争を起こしたのは日本の軍人や政府だと主張し、その趣旨で自分が書いた教科書の文部省検定が通らなかったためとして、いわゆる教科書裁判を起こした。秦はそのような彼とアメリカなどでの研究成果を示しながら合理的な判断を示して法的に戦っている。
 国会でのテロ準備罪反対の声を大きくしているのは、福島瑞穂や辻本清美などの左翼系の議員であるが辻本はネットの説では、教科書裁判に影響されて今の政治姿勢をつくったといわれており、そのような個人の利害関係で政治の方向を決める人たちにより日本の防衛が危うくされるのであれば、国民は不幸なことである。逆に言うと時代に迎合した人たちにより国会はかき回されている。私自身は経済政策の面でみて安倍政権に完全な軍配を上げているわけではない。しかし国の防衛的な面からみて、自身の健康状態が万全ではないにもかかわらず世界中を駆け巡って、日本の真の国民のために日本の進むべき方向を選択している安倍総理の努力に敬意を表している。安倍総理が大臣の任命や夫人の扱い方で齟齬をきたしているのは確かだ。しかし国民は、それでも当面の危機を回避するためには総理は安倍のほかはないと考えていることが各種の世論調査にみられる。安倍個人への支持率が高いのである。
 テロ準備罪も、真正の日本国民の半数以上が、外国との関係を考えるとやむを得ない必要性があると考えていると世論調査などから見て取れる。そのため自分たちの取材や特ダネのようなことで頭がいっぱいのメディアや、選挙や権力にしがみつくだけの議員は必要がないという意見さえ私の周囲では出てきている。リーダー的な立場にいる人は、真の国民のためのリーダーシップを発揮しないと、そのうち国民に整理されてしまうだろう。
 オウム真理教の1995年3月20日の地下鉄サリン毒ガス事件を知っているのは現在、30歳を越えている人たちだけであろう。防衛庁の研究者を定年でやめて数年後でテレビにも顔を出し始めていた私も、この事件の関連番組で解説者を務めた。この教団が関係する事件はそれまでにも起きていたのであり、その時期に教団関係の施設に立ち入ることができていれば13人の死者や6300人に及ぶ地下鉄サリン事件は、起こっていなかったと思われる。今、北朝鮮の関係者が日本国内で、同じような事件を起こすことはすぐにでもできる。毒ガスサリンを協力者や生き残りのオウム信者に散布させるのは簡単だ。そのようなことを未然に防止するのが、テロ準備罪であろう。謀議者の家や準備者の施設への立ち入りさえ簡単にできない法制度を改善するのがこの法制であるが、それを必死になって成立させまいとしているメディアや議員は、自分たちの目先の利害関係や選挙などのことしか考えていないとしか言えまい。真の日本人であれば、自分たちが被害を受け殺される前に、このようなテロ防止に動き始めて当然であろう。仮に米軍の基地だけを狙うと関係者が公言していても、それができるぐらいならミサイル実験に失敗することはない。ガス雲は風に吹かれて何キロも先まで拡散するからだ。また病原菌をまき散らすだけなら、自分が感染して死ぬことをいとわない特攻的なイスラム過激派が電車の吊り輪にぶら下がって各地を回るだけで成功する。
 中東やアフリカで起こっている事件は、簡単に日本にも飛び火する。遠い世界の出来事ではない。その果ては世界が滅びるということであろう。宗教や主義主張にこだわりすぎる人は、世界の滅亡のために動いているとしか言いようがない。その意味ではトランプ大統領も思い込みが激しく危険であり、世界を滅ぼす一人になりかねないと危惧している。それをうまく誘導して日本への影響を小さくすることを、安倍総理は期待されている。

転載元転載元: 軍事評論家熊谷直の社会評論

 テロ準備罪について朝鮮系、中国系の反対大合唱が一般報道でもインターネットでも目立っているが、それを許しているのはメディアであろう。大東亜戦争、いわゆるアメリカ側の太平洋戦争のとき、大本営発表に迎合したのは朝日新聞をはじめとする大手新聞社の記者たちであり、また家永三郎など学者を名乗る(元東京教育大)人がちょうちん持ちをしたことを歴史研究者の秦郁彦が述ているが、私もそれに賛同している。家永は戦後は、占領軍の旗持ちに態度を変えて、戦争を起こしたのは日本の軍人や政府だと主張し、その趣旨で自分が書いた教科書の文部省検定が通らなかったためとして、いわゆる教科書裁判を起こした。秦はそのような彼とアメリカなどでの研究成果を示しながら合理的な判断を示して法的に戦っている。
 国会でのテロ準備罪反対の声を大きくしているのは、福島瑞穂や辻本清美などの左翼系の議員であるが辻本はネットの説では、教科書裁判に影響されて今の政治姿勢をつくったといわれており、そのような個人の利害関係で政治の方向を決める人たちにより日本の防衛が危うくされるのであれば、国民は不幸なことである。逆に言うと時代に迎合した人たちにより国会はかき回されている。私自身は経済政策の面でみて安倍政権に完全な軍配を上げているわけではない。しかし国の防衛的な面からみて、自身の健康状態が万全ではないにもかかわらず世界中を駆け巡って、日本の真の国民のために日本の進むべき方向を選択している安倍総理の努力に敬意を表している。安倍総理が大臣の任命や夫人の扱い方で齟齬をきたしているのは確かだ。しかし国民は、それでも当面の危機を回避するためには総理は安倍のほかはないと考えていることが各種の世論調査にみられる。安倍個人への支持率が高いのである。
 テロ準備罪も、真正の日本国民の半数以上が、外国との関係を考えるとやむを得ない必要性があると考えていると世論調査などから見て取れる。そのため自分たちの取材や特ダネのようなことで頭がいっぱいのメディアや、選挙や権力にしがみつくだけの議員は必要がないという意見さえ私の周囲では出てきている。リーダー的な立場にいる人は、真の国民のためのリーダーシップを発揮しないと、そのうち国民に整理されてしまうだろう。
 オウム真理教の1995年3月20日の地下鉄サリン毒ガス事件を知っているのは現在、30歳を越えている人たちだけであろう。防衛庁の研究者を定年でやめて数年後でテレビにも顔を出し始めていた私も、この事件の関連番組で解説者を務めた。この教団が関係する事件はそれまでにも起きていたのであり、その時期に教団関係の施設に立ち入ることができていれば13人の死者や6300人に及ぶ地下鉄サリン事件は、起こっていなかったと思われる。今、北朝鮮の関係者が日本国内で、同じような事件を起こすことはすぐにでもできる。毒ガスサリンを協力者や生き残りのオウム信者に散布させるのは簡単だ。そのようなことを未然に防止するのが、テロ準備罪であろう。謀議者の家や準備者の施設への立ち入りさえ簡単にできない法制度を改善するのがこの法制であるが、それを必死になって成立させまいとしているメディアや議員は、自分たちの目先の利害関係や選挙などのことしか考えていないとしか言えまい。真の日本人であれば、自分たちが被害を受け殺される前に、このようなテロ防止に動き始めて当然であろう。仮に米軍の基地だけを狙うと関係者が公言していても、それができるぐらいならミサイル実験に失敗することはない。ガス雲は風に吹かれて何キロも先まで拡散するからだ。また病原菌をまき散らすだけなら、自分が感染して死ぬことをいとわない特攻的なイスラム過激派が電車の吊り輪にぶら下がって各地を回るだけで成功する。
 中東やアフリカで起こっている事件は、簡単に日本にも飛び火する。遠い世界の出来事ではない。その果ては世界が滅びるということであろう。宗教や主義主張にこだわりすぎる人は、世界の滅亡のために動いているとしか言いようがない。その意味ではトランプ大統領も思い込みが激しく危険であり、世界を滅ぼす一人になりかねないと危惧している。それをうまく誘導して日本への影響を小さくすることを、安倍総理は期待されている。

  南スーダンに派遣されている自衛隊PKO部隊の毎日の報告のなかに戦闘という文字がつかわれていたと、国会で民進党などが問題にし、さらに報告書を隠ぺいしていたと騒ぎ出し、防衛大臣が困窮している。私は旧軍の報告書を、軍事史研究のために多数見てきた。陸軍では戦闘をしていようと日常的な警備行動だけをしていようと、戦域である外地に駐屯している限り、作戦報告書と同じような形式で毎日の行動を記録し、参謀本部や陸軍省にも報告が届けられるようになっている。警備上の都合で発砲した時も、戦闘という用語を使用するのに躊躇はない。法的な完全性を気にして用語を使い分けることになると、真の会戦のための戦闘行為との区別を末端の小隊長などがせねばならず、彼らに余計な負担を強いることになる。このことを知っている陸自の中央の幕僚の一部は、史的にも大切な現状報告書を自分の手元にコピーとして残したいと思ったのであろう。終戦時に大本営の一部の幕僚は、報告書を焼かずに自分の郷里の納屋に隠したりしていて、それが防衛庁時代に役に立っている。
 弾が飛んでこない国会や中央官庁の判断で、末端にまでそのような法的文言上の正確性を要求することは、本末転倒というべきだろう。また私は若いころ、米軍との共同行動とは言いながら、夜間は実質的には本州中央部全部に、暫定的にではあるが応急的なスクランブルなどの防空処置を指令する権限を与えられて処置をしていた。一刻を争う判断と処置をせねばならないかのが、高速でやってくる識別不明機だからである。海岸部にある原発や基地などを攻撃されてからでは間に合わない。記録は英語で要点を記していた。@tigerなどはその記録表記でもある。
 ソ連軍はそのような時代に、航路を間違えて太平洋からサハリンに侵入しようとしていた韓国旅客機を問答無用で撃墜して、乗客の日本人も犠牲になった。とうじはGPSが未発達で、太平洋を渡ると50マイル(100キロ)の誤差が出るのは珍しくなく、私はいつもの誤差かと思っただけであった。ソ連軍は慎重に確認することをせずに上層部から自分たちが咎められることだけを恐れて、必要以上の権限を発揮したともいえる処置をしたのであった。
 そのような権限をまったく与えずに、必要以上の行動をしたと責めるだけなのが、日本の国会の野党である。それで得をするのは、当時のソ連軍であった。PKOも長い間、現地指揮官、特に小隊長クラスに権限を与えずに、何かのときは現場の長が死んで責任をとれと言わんばかりの後ろからの官僚作成の命令を出すだけであった。昨年までの安保関係の法令改正でいくらかの手直しがされたが、いまだに報告書の文言が間違っているというような揚げ足取りが行われている日本の現状は嘆かわしい。国会は日本のためにあるのではなく、中国や朝鮮のために存在するといわんばかりの一部の議員の行動は、日本に危機をもたらす恐れがある。うっかり国会に出すと情報が筒抜けになるからだ。マスコミもそれに踊らされて、テロ準備罪の法律制定は国民の権利を侵害するとだけいいたてて、制定しなかったために起こりうる国民の安全、安心には無関心である。選挙のことだけに目が向き、築地市場や原発問題地のようなわかりやすい、目先の問題だけを取り上げている。衆愚政治であり、トランプ戦術と変わりはない。
 野党が報告の問題を取り上げて防衛大臣を辞任に追い込み、民進党や共産党の選挙戦を有利にしようとしているのなら、蓮舫党首は自分で墓穴を掘っているのではないか。私の周囲では、女性がそのようにみている。

転載元転載元: 軍事評論家熊谷直の社会評論

  南スーダンに派遣されている自衛隊PKO部隊の毎日の報告のなかに戦闘という文字がつかわれていたと、国会で民進党などが問題にし、さらに報告書を隠ぺいしていたと騒ぎ出し、防衛大臣が困窮している。私は旧軍の報告書を、軍事史研究のために多数見てきた。陸軍では戦闘をしていようと日常的な警備行動だけをしていようと、戦域である外地に駐屯している限り、作戦報告書と同じような形式で毎日の行動を記録し、参謀本部や陸軍省にも報告が届けられるようになっている。警備上の都合で発砲した時も、戦闘という用語を使用するのに躊躇はない。法的な完全性を気にして用語を使い分けることになると、真の会戦のための戦闘行為との区別を末端の小隊長などがせねばならず、彼らに余計な負担を強いることになる。このことを知っている陸自の中央の幕僚の一部は、史的にも大切な現状報告書を自分の手元にコピーとして残したいと思ったのであろう。終戦時に大本営の一部の幕僚は、報告書を焼かずに自分の郷里の納屋に隠したりしていて、それが防衛庁時代に役に立っている。
 弾が飛んでこない国会や中央官庁の判断で、末端にまでそのような法的文言上の正確性を要求することは、本末転倒というべきだろう。また私は若いころ、米軍との共同行動とは言いながら、夜間は実質的には本州中央部全部に、暫定的にではあるが応急的なスクランブルなどの防空処置を指令する権限を与えられて処置をしていた。一刻を争う判断と処置をせねばならないかのが、高速でやってくる識別不明機だからである。海岸部にある原発や基地などを攻撃されてからでは間に合わない。記録は英語で要点を記していた。@tigerなどはその記録表記でもある。
 ソ連軍はそのような時代に、航路を間違えて太平洋からサハリンに侵入しようとしていた韓国旅客機を問答無用で撃墜して、乗客の日本人も犠牲になった。とうじはGPSが未発達で、太平洋を渡ると50マイル(100キロ)の誤差が出るのは珍しくなく、私はいつもの誤差かと思っただけであった。ソ連軍は慎重に確認することをせずに上層部から自分たちが咎められることだけを恐れて、必要以上の権限を発揮したともいえる処置をしたのであった。
 そのような権限をまったく与えずに、必要以上の行動をしたと責めるだけなのが、日本の国会の野党である。それで得をするのは、当時のソ連軍であった。PKOも長い間、現地指揮官、特に小隊長クラスに権限を与えずに、何かのときは現場の長が死んで責任をとれと言わんばかりの後ろからの官僚作成の命令を出すだけであった。昨年までの安保関係の法令改正でいくらかの手直しがされたが、いまだに報告書の文言が間違っているというような揚げ足取りが行われている日本の現状は嘆かわしい。国会は日本のためにあるのではなく、中国や朝鮮のために存在するといわんばかりの一部の議員の行動は、日本に危機をもたらす恐れがある。うっかり国会に出すと情報が筒抜けになるからだ。マスコミもそれに踊らされて、テロ準備罪の法律制定は国民の権利を侵害するとだけいいたてて、制定しなかったために起こりうる国民の安全、安心には無関心である。選挙のことだけに目が向き、築地市場や原発問題地のようなわかりやすい、目先の問題だけを取り上げている。衆愚政治であり、トランプ戦術と変わりはない。
 野党が報告の問題を取り上げて防衛大臣を辞任に追い込み、民進党や共産党の選挙戦を有利にしようとしているのなら、蓮舫党首は自分で墓穴を掘っているのではないか。私の周囲では、女性がそのようにみている。
  長野県の防災ヘリが、たぶん乱気流と雪の白さで目測を誤って墜落した。山岳救難にも活躍できる9人の隊員が亡くなったことは、遺憾の極みである。この事故からわかるように、ベテランの乗組員が運用していても航空機は、常に危険と隣り合わせで飛んでいる。若い時に一応の基本的な操縦訓練を受け、さらに要撃管制官としてスクランブル処置にもかかわった私は、ヘリコプターであっても固定翼の飛行機であっても危険な乗り物であることはよく知っている。
 「気象が勝敗を決めた」という熊谷直のペンネームで私が出版した単行本の中では、日本陸海軍の航空機や自衛隊の航空事故についても取り上げている。航空機は危険な乗り物であるだけに、発達の道筋でできるだけ事故を無くすように機体の設計からはじめて、運用のシステムや整備、気象その他の支援システムについても、いろいろな工夫がなされてきた。その点でいちばん進んでいるのはアメリカの航空システムである。それも第二次世界大戦中に軍用機関係のシステムを発達させていて、日本の自衛隊もそれを学んだので、自衛隊関係の航空事故では、事故を反省資料として生かすために、事故を起こした責任者の追及よりも事実関係の解明に力を注いでいる。
 警察関係の取り調べは、交通事故では比較的、事故を反省材料として使っているが、刑法犯については犯罪の予防よりも、犯人の逮捕と処罰に力点があるように見える。たとえば強姦事件が起こらないように暗闇をなくすことや性的関心を高めるおそれがあるインターネットの取り締まりのようなことにはあまり力を入れてこなかった。最近その方面の法改正が国会で取り上げられ少しずつ変わってきてはいるが、それでも昇任試験の点数で有利になるのは、犯人逮捕の功労者であるらしい。そのために試験が近づくと交通取り締まりで点数を稼いでいるという話はよく聞く。また性の解放の社会的な雰囲気の中で、警察官も性処理に悩むことが多いようで、その面で罪を犯し警察官が逮捕されたという報道は珍しくなくなっている。私が特に気にしているのは、50歳代終わりの定年が近い警察官がそのような報道をされて、年金を受ける権利を失ってしまうことである。酒のために自制心を無くしてということだけでなく、とくに高齢になると妻に相手にされなくなるという社会の雰囲気も影響しているようだ。
 そのような問題も航空事故も、問題が起こる前に必要な処置をするということと、起こった事故は責任追及よりも今後の反省材料にして、事故の予防に役立てるということが大切であろう。昭和6年(1931年)頃の日本海軍は、第一次世界大戦後に戦艦の建造が米英とともに大きく制限されていたので、航空機をその代わりにしようとしていた。航空機に爆弾や魚雷を積んで敵戦艦・巡洋艦の近くまで運び、当時主力艦といわれていたこれらの艦を空から撃沈しようとしたのである。この昭和6年の空からの魚雷攻撃に使われたのは13式艦上攻撃機である。空母から発進している。この飛行機は一年間に2万回訓練で飛んで、16回事故を起こし、搭乗機の死者1
人、負傷者3人という損失が年間報告に残されている。当時の日本海軍では、軍艦と同じように航空分野でも「操縦者の誤り」というふうに、責任追及に力が入っていた。昭和2年の夜間の連合艦隊の艦隊訓練中に、艦長として操艦を誤って駆逐艦に衝突し28名を死なせた巡洋艦神通の艦長水城大佐は、事件の調査が終わった段階で自宅で自決している。それが当時の責任の取り方であった。
 沖縄では基地反対派のリーダーたちが、航空事故の責任追及に熱心であるのか昨年末の普天間駐在オスプレイの給油訓練中の事故を、オスプレイは危険な航空機だと人々に印象付けるために利用しているように見える。オスプレイは開発段階では、ヘリコプターよりも操縦が難しいところがあったためか、事故を起こしていた。しかし現在は1989年の初飛行から28 年もたっていて、すっかり実用化されている。それを新型輸送機と言い立てているのが、基地反対派のリーダーたちである。1961年初飛行の古くて整備が難しくなっていた大型輸送用ヘリコプターC47よりは安全な、特に戦場では高速輸送ができ飛行距離も2倍以上と長い点で役に立つ輸送機であることは間違いない。墜落した長野県の防災ヘリが、もし雪の白さに幻惑されたのであれば、普天間に近い海岸に緊急着陸しようとしたオスプレイが透明な水のサンゴ礁を夜間に陸地と見誤る可能性はある。反対派のリーダーたちは、翁長県知事がトランプ米大統領に相手にされずにすごすごと沖縄に帰ってきてからは、リーダーたちも立場を失ったように見える。沖縄タイムスなどが彼ら寄りの論調を控えているように見えるからだ。リーダーたちは海軍流に切腹して責任を取るつもりだろうか。
 沖縄だけのことではなく、羽田でも東京オリンピックに向けての航空機のルート変更など、私の目から見て大丈夫かなと思う施策が進みつつある。地上のことは目に見えるので小池知事も論じやすいのであろうが、精神に異常がある機長が故意に着陸を誤って海中に突入した昔の事件も思い出して、目に見えないところでの対策を考えておいてほしい。築地の移転問題と新市場の地下の汚染といわれることだけがすべてではない。



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