軍事評論家熊谷直の社会評論

アジアを中心にした社会・軍事の情勢やニュースの分析

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 バングラディシュのテロ事件は、日本人の目を海外の保安に向けさせ、自衛隊が国内だけで行動していればよいという意見を変えさせるように作用したといえるのではないか。しかしなにかの事件が起こると人々の関心というよりは、メディアの目がそちらに向けられてしまって、世界の片隅で起こった将来に影響する大切な事件がニュースから消えてしまうのは困る。特にスポーツと芸能だけに偏った新聞の編集は、将来の読者を失うことになるだろう。
 フィリピンは日本にとって大切な国なのに、大統領が思想的には中国寄りに変わったが、島の領有権を巡る領土問題では国際裁判係争中という事情などがあり、中国と争う立場にある。しかし比大統領交代時の交代報道は、無視に近いものであった。次期韓国大統領の選挙問題も日本にとって大切であるが、これもあまり知られていない。
 スマートフォンをはじめとして、一般の人が多くの情報を自分で探すことができる手段が増えすぎ、人々はこのような手段で何を探せばよいのかが分からなくなっているようだ。そのため道を歩くのにもスマートフォンや携帯が手放せず、友達と一緒に座っていても会話をせずにゲームだけに熱中しているという社会性がなくなった人間に育ちつつある。これはアメリカ人も同じであるようで、白人の夫を持つ娘一家が来日して滞在中だが、この夫がスマートフォンに向かって英語でしゃべりっぱなしなので聞いてみると、日本語がほとんど分からないので、たわいがない会話を在米の友人と話している様子であった。彼は沖縄のことはほとんど知らず、バングラディシュの事件のニュースを知っているかと問うと、それは何かと問い返された。修士の学歴を持ちアメリカの市役所の課長を務めている一応のインテリでもその始末である。イギリスのEU脱退問題で脱退の結論を出したのは比較的に恵まれていない人だと聞いているが、そのような人たちがコンピューターの結論を頼りにして国の行く末を決めるようになると、困ったというだけでは済まなくなる。インテリでもオウムの信者のように工学系の知識(思考過程が数式的で単純、鳩山由紀夫もその一人ではないか)だけで行動すると、世間を困らせることになる。バングラディシュ事件の地元出身の犯人たちも裕福な家庭で育ち、インテリでありながら単純にイスラム過激派の思想に共感してしまったというから、単純な考えしかできなかったということでは、コンピューター人間であった可能性がある。
 コンピューターが器械的に大量のデータを短時間で処理するだけの能力しか持たない時代には、コンピューターが人間に奉仕していた。しかし今や複雑な判断が必要な囲碁で、コンピューターが人間に勝つようになってきている。行きつく先は、あらゆることを人ではなくコンピューターが判断し処理する時代の出現なのではないか。現在のわれわれがこれを防ぐためにできることは、できるだけコンピューターに頼ることをやめ、あらゆることを自分で判断できる能力を養うことなのではないか。来日している小学生の混血の二人の孫は、コンピューターを使いこなしながら、それにはまりすぎてはいないようだ。研究者である母親が教育に気を付けて、学校も地元の学校に通わせる一方で土曜日には日本語学校に通わせたりしているせいかもしれない。しかし普通のアメリカ人がそうであるように、算数の能力はあまり高くないと見受けた。
 私はアメリカ方式にはいろいろの問題点があると思っているが、日本人のように単純に「右へならへ」をしない点は良いところだと考えている。経済面で小泉首相時代に、改革といいながら単純にアメリカ流の経済原理を取り入れて竹中大臣に郵政改革と称するものをやらせて財源を膨らませ、安倍内閣でもその経済方式を受け継いだことが、日本経済のかじ取りの失敗の始まりになったのではないかと思っている。コンピューター政治ではなく、また政治家のための政治ではなく、何百年たっても安定した社会になるよう、人々のためになる無欲の正しい情報判断、つまり「右へならへ」ではない日本的な人間社会の判断ができる政治システムになることを願っている。
 イギリスのEU離脱の国民投票がキャメロン首相の思惑通りに運ばず、世界の混乱の原因になっている。イギリス人の身勝手さがこれまで、常に世界に混乱と戦争をもたらせてきたが、今回もこれが同じような結末になることを恐れている。
 産業革命後に国内の森林を切って大船を建造し、その船で交易先を求めてインド、さらには中国にまで勢力圏を拡大したイギリスは、緑がなくなって荒廃した国内を立て直すために、ヨーロッパの大陸内でもインドにいたるルートを伸ばし始めた。イギリスで放牧地が増え、木材がなくなったためにインドで行われていた煉瓦造りの家が多くみられるようになったのはそのためであろう。結果として鉄道を利用して陸地の輸送路を確保するためにイギリスは、中近東に進出した。海路だけでなく陸路からもインドと結ばれるルートを確保する意図があったからである。こうしてインドだけでなく中近東も彼らの欲望の犠牲になった。真っ先に狙われた中近東の土地が、トルコが支配していた地域である。第一次世界大戦はイギリスがトルコ支配地域を奪い取るための戦争であった。アラビアのロレンスの活躍はその戦争の中で行われたものである。イギリス政府の方針に従ってロレンスは、アラブ人をトルコ支配地で反トルコ行動をさせ、イギリスが中近東の支配地域を広げるのに貢献した。その戦いの最中に、戦場で兵器の燃料として中東の石油が役立つことが認識され、ロレンスの活躍でイギリスの勢力圏に入ったイラン・イラク・サウジアラビアなどが石油の産地としてイギリスにとって大切な土地になった。
 一方でイギリスは、戦争の費用をヨーロッパやアメリカの金融界を支配しているユダヤ人たちに提供させようとした。そのために将来、イスラエルという土地を彼らに与えるからという約束をして、戦争費を提供させるのに成功した。この約束のためにイスラエルという国が誕生し、裏腹にその土地に長い間暮らしてきたアラブ人が住処を失ったのであり、中東の戦乱の原因を作ったのはイギリスだといって差し支えない。イギリス人は第一次世界大戦にアメリカも引き込んでいて、のちに日本の占領軍総司令官になったマッカーサー元帥は、このときに旅団長として参戦している。そのような過去があったためにイギリスは、ドイツと第二次世界大戦を始めたとき、アメリカを参戦させようと策を練った。ドイツの潜水艦による無差別攻撃をやめさせるという名目でアメリカから駆逐艦を提供してもらうなど、少しずつアメリカを参戦の方向に引きずって行った。
 フィリピンやグァムを支配していたアメリカは、太平洋で力をつけてきた日本海軍を敵視していた。一方イギリスはインドやシンガポールを軍事的な拠点にして日本と対立していた。当時中国大陸で蒋介石軍と戦っていた日本軍を追い出すことができれば、これに越したことはない。イギリスのチャーチル首相はアメリカのルーズベルト大統領をたきつけて、裏で空軍の義勇兵を中国に送り込み、さらに政策的に日本を経済封鎖させるのに成功した。石油を輸入できなくなった日本は、追い詰められて米英に大東亜戦争を仕掛けたのである。
 第一次世界大戦のときイギリスは、日本に対しても参戦要求をしている。日英同盟を盾にして青島のドイツ軍基地を日本軍主力で攻撃占領させ、また地中海での駆逐艦による英輸送船団の護衛も実施させた。大戦末期のシベリア出兵も、ロシア革命の影響がヨーロッパでの戦闘に影響しないように日本に出兵を要求した結果、実現したのである。
 第二次世界大戦前にドイツのナチスが勢力を伸ばし始めたとき、外交的にこれを抑え込むのに失敗したのは、イギリスのチェンバレンであった。自国に影響が及ばないように一時的な融和政策をとったのである。
 このようにイギリスは、常に自国のことだけを考えて行動するのが習性になっている。今回のEUからの離脱の結果についても同じであり、キャメロン首相の身勝手な判断で国民投票に持ち込んだのが原因になっている。これで世界経済は戦争と同じように混乱し、当分その状態が続くであろう。日本は過去の経験を活かして、アジアの国民と連携し、中国やアメリカ、イギリスとも一線を画した外交政策をとっていくより方法がなかろう。アメリカ大統領が共和党のトランプになったとしたら日本の困難は加速されるだろうが、民主党のクリントンになってもやはり問題が残る。歴史をみると女性のトップは戦争という選択をとりやすい。平和の使者のように思われていたインドのネルーもパキスタンとの対立を深めた。イギリスのサッチャーもフォークランド領有権問題でアルゼンチンと戦った。世界では女性政治家が頭角を現しつつある。
 問題はイギリス関係だけではない。イメージイメージ中国という共産党政権の存在が、世界の問題をより複雑にしつつある。ロシアも実際はソ連時代と変わっていないし、アフリカの独裁政府も厄介の種をまき散らしている。その中で日本は、沖縄の一部の人たちのように被害者意識だけを強調する人とも付き合っていかなければならない。相手がどのように出てくるのか、見極めが必要であろう。なお中国が大東島付近にまで調査船を派遣している状況を見ていると、太平洋西半分をわがものにしようとしているのは明らかであり、外交の世界では言うべきことはきちんと主張し、場合によっては力を行使しないと、日本という存在が消えてなくなる恐れがあることは、今回のイギリスの事態にも鑑み肝に銘じておきたい。

転載元転載元: 軍事評論家熊谷直の社会評論

 イギリスのEU離脱の国民投票がキャメロン首相の思惑通りに運ばず、世界の混乱の原因になっている。イギリス人の身勝手さがこれまで、常に世界に混乱と戦争をもたらせてきたが、今回もこれが同じような結末になることを恐れている。
 産業革命後に国内の森林を切って大船を建造し、その船で交易先を求めてインド、さらには中国にまで勢力圏を拡大したイギリスは、緑がなくなって荒廃した国内を立て直すために、ヨーロッパの大陸内でもインドにいたるルートを伸ばし始めた。イギリスで放牧地が増え、木材がなくなったためにインドで行われていた煉瓦造りの家が多くみられるようになったのはそのためであろう。結果として鉄道を利用して陸地の輸送路を確保するためにイギリスは、中近東に進出した。海路だけでなく陸路からもインドと結ばれるルートを確保する意図があったからである。こうしてインドだけでなく中近東も彼らの欲望の犠牲になった。真っ先に狙われた中近東の土地が、トルコが支配していた地域である。第一次世界大戦はイギリスがトルコ支配地域を奪い取るための戦争であった。アラビアのロレンスの活躍はその戦争の中で行われたものである。イギリス政府の方針に従ってロレンスは、アラブ人をトルコ支配地で反トルコ行動をさせ、イギリスが中近東の支配地域を広げるのに貢献した。その戦いの最中に、戦場で兵器の燃料として中東の石油が役立つことが認識され、ロレンスの活躍でイギリスの勢力圏に入ったイラン・イラク・サウジアラビアなどが石油の産地としてイギリスにとって大切な土地になった。
 一方でイギリスは、戦争の費用をヨーロッパやアメリカの金融界を支配しているユダヤ人たちに提供させようとした。そのために将来、イスラエルという土地を彼らに与えるからという約束をして、戦争費を提供させるのに成功した。この約束のためにイスラエルという国が誕生し、裏腹にその土地に長い間暮らしてきたアラブ人が住処を失ったのであり、中東の戦乱の原因を作ったのはイギリスだといって差し支えない。イギリス人は第一次世界大戦にアメリカも引き込んでいて、のちに日本の占領軍総司令官になったマッカーサー元帥は、このときに旅団長として参戦している。そのような過去があったためにイギリスは、ドイツと第二次世界大戦を始めたとき、アメリカを参戦させようと策を練った。ドイツの潜水艦による無差別攻撃をやめさせるという名目でアメリカから駆逐艦を提供してもらうなど、少しずつアメリカを参戦の方向に引きずって行った。
 フィリピンやグァムを支配していたアメリカは、太平洋で力をつけてきた日本海軍を敵視していた。一方イギリスはインドやシンガポールを軍事的な拠点にして日本と対立していた。当時中国大陸で蒋介石軍と戦っていた日本軍を追い出すことができれば、これに越したことはない。イギリスのチャーチル首相はアメリカのルーズベルト大統領をたきつけて、裏で空軍の義勇兵を中国に送り込み、さらに政策的に日本を経済封鎖させるのに成功した。石油を輸入できなくなった日本は、追い詰められて米英に大東亜戦争を仕掛けたのである。
 第一次世界大戦のときイギリスは、日本に対しても参戦要求をしている。日英同盟を盾にして青島のドイツ軍基地を日本軍主力で攻撃占領させ、また地中海での駆逐艦による英輸送船団の護衛も実施させた。大戦末期のシベリア出兵も、ロシア革命の影響がヨーロッパでの戦闘に影響しないように日本に出兵を要求した結果、実現したのである。
 第二次世界大戦前にドイツのナチスが勢力を伸ばし始めたとき、外交的にこれを抑え込むのに失敗したのは、イギリスのチェンバレンであった。自国に影響が及ばないように一時的な融和政策をとったのである。
 このようにイギリスは、常に自国のことだけを考えて行動するのが習性になっている。今回のEUからの離脱の結果についても同じであり、キャメロン首相の身勝手な判断で国民投票に持ち込んだのが原因になっている。これで世界経済は戦争と同じように混乱し、当分その状態が続くであろう。日本は過去の経験を活かして、アジアの国民と連携し、中国やアメリカ、イギリスとも一線を画した外交政策をとっていくより方法がなかろう。アメリカ大統領が共和党のトランプになったとしたら日本の困難は加速されるだろうが、民主党のクリントンになってもやはり問題が残る。歴史をみると女性のトップは戦争という選択をとりやすい。平和の使者のように思われていたインドのネルーもパキスタンとの対立を深めた。イギリスのサッチャーもフォークランド領有権問題でアルゼンチンと戦った。世界では女性政治家が頭角を現しつつある。
 問題はイギリス関係だけではない。イメージ 1イメージ 2中国という共産党政権の存在が、世界の問題をより複雑にしつつある。ロシアも実際はソ連時代と変わっていないし、アフリカの独裁政府も厄介の種をまき散らしている。その中で日本は、沖縄の一部の人たちのように被害者意識だけを強調する人とも付き合っていかなければならない。相手がどのように出てくるのか、見極めが必要であろう。なお中国が大東島付近にまで調査船を派遣している状況を見ていると、太平洋西半分をわがものにしようとしているのは明らかであり、外交の世界では言うべきことはきちんと主張し、場合によっては力を行使しないと、日本という存在が消えてなくなる恐れがあることは、今回のイギリスの事態にも鑑み肝に銘じておきたい。
 舛添都知事がついに辞任に追い込まれた。選挙のときは有権者という大衆が、候補者の表面だけを見てムードで判断するいわば人気投票なので、このような結果になるのだろう。現在進行中のアメリカの大統領選挙も似たり寄ったりではないか。無名の不動産業者であったトランプ氏が共和党の大統領候補になっていく過程をみていると、インターネット時代の選挙はこれまでとは違う方法が必要なのではないかと思われてくる。インターネットという情報伝達の道具がアッというまにムードを作り上げるのが怖い。
 明治時代には新聞や雑誌という情報手段と口コミだけが人々の情報源であったので、政治家の実像だけでなく、学者も文士も、大衆は10年もかけてようやく、実像に近いものを理解できていた。今は、ムードにうまく乗った人だけが人々に受け入れられているが、実像ではなく虚像が受け入れられているに過ぎない。虚像を広めているのはテレビやインターネットのような、目や耳といった五感に感覚的に訴えるものだ。テレビもチャンネル数が増えたので、番組をゆっくり作り上げている暇がなく、たとえば沖縄の基地問題の番組であれば、現地の活動家が、NHK・民放を問わず、東京のどの番組にも顔を出すということになってしまっている。つまり沖縄を比較的よく知っているナイチャー(内地人)の私の目から見ると、思想的に偏向していると感じさせられるものに仕上がっている。
 そのように考えると、舛添都知事は、明治時代であれば実像が、時間をかけて人々に理解されたであろう。明治の政治、軍事の大立ものであった山縣有朋は同郷の仲間のために、明治新政府発足間もなく、今とはけた違いの汚職をしている。それでもその後、内閣総理大臣を2回務めている。伊藤博文は4回も総理大臣を務めていてそれなりに蓄財しており、女性関係もそれなりのものをもっていたが、明治憲法制定など日本の政治制度の基礎を固めたので、国家的な功労者として顔が千円札に印刷されている。しかし山縣は女性関係で艶福家というわけではなく、くそまじめといわれる半面を持っていたためか伊藤ほどの人気はなくて、お札とは縁が遠かった。それでも当時の政治家は、熱海の温泉に長逗留しても、それだけで人々から非難されることはなかった。舛添知事も明治時代であれば別荘に行ったからと言って糾弾されることはなかったであろう。生まれる時代を間違えたというべきか。
 私は学者の世界にいくらか足を突っ込んできたおかげで、日本の学者は貧乏なくせに、国家や大会社にたかろうとする一面を持っていることを知っている。東大で学者生活をした舛添知事は、明治の風習を引きずっていたというべきだろうか。また小保方晴子女史の事件にみられるように、日本の学者は自分たちのグループや指導教師の枠外に出ることを禁じられたに等しい人生を送っている。小保方女史の研究は、そこを逸脱したためにグループから非難されることになって起こったのではないかと考えている。女史が自伝的な著書で述べているように、研究そのものの方向は否定されるべきではなく、まして大学が女史の博士の学位を取り消したのは、日本的な学者グループの習性からではないかと疑っている。研究内容を理解せず、関係した学者たちの言い分をうのみにしたジャーナリストたちが、女史の再研究を妨げ、彼女をその終点に追い込んで行ったことは、女史の著書にある通りであろう。
 学者の世界もドロドロした人間関係で動かされている。舛添知事が今日的な大衆の政治観を見破ることなく明治時代的なものの見方をした結果は、見てのとおりであるが、政府の委員などとして政策にかかわり世間的には活躍しているとみられている学者たちも、同じ轍を踏むことがないよう注意すべきであろう。

転載元転載元: 軍事評論家熊谷直の社会評論

 舛添都知事がついに辞任に追い込まれた。選挙のときは有権者という大衆が、候補者の表面だけを見てムードで判断するいわば人気投票なので、このような結果になるのだろう。現在進行中のアメリカの大統領選挙も似たり寄ったりではないか。無名の不動産業者であったトランプ氏が共和党の大統領候補になっていく過程をみていると、インターネット時代の選挙はこれまでとは違う方法が必要なのではないかと思われてくる。インターネットという情報伝達の道具がアッというまにムードを作り上げるのが怖い。
 明治時代には新聞や雑誌という情報手段と口コミだけが人々の情報源であったので、政治家の実像だけでなく、学者も文士も、大衆は10年もかけてようやく、実像に近いものを理解できていた。今は、ムードにうまく乗った人だけが人々に受け入れられているが、実像ではなく虚像が受け入れられているに過ぎない。虚像を広めているのはテレビやインターネットのような、目や耳といった五感に感覚的に訴えるものだ。テレビもチャンネル数が増えたので、番組をゆっくり作り上げている暇がなく、たとえば沖縄の基地問題の番組であれば、現地の活動家が、NHK・民放を問わず、東京のどの番組にも顔を出すということになってしまっている。つまり沖縄を比較的よく知っているナイチャー(内地人)の私の目から見ると、思想的に偏向していると感じさせられるものに仕上がっている。
 そのように考えると、舛添都知事は、明治時代であれば実像が、時間をかけて人々に理解されたであろう。明治の政治、軍事の大立ものであった山縣有朋は同郷の仲間のために、明治新政府発足間もなく、今とはけた違いの汚職をしている。それでもその後、内閣総理大臣を2回務めている。伊藤博文は4回も総理大臣を務めていてそれなりに蓄財しており、女性関係もそれなりのものをもっていたが、明治憲法制定など日本の政治制度の基礎を固めたので、国家的な功労者として顔が千円札に印刷されている。しかし山縣は女性関係で艶福家というわけではなく、くそまじめといわれる半面を持っていたためか伊藤ほどの人気はなくて、お札とは縁が遠かった。それでも当時の政治家は、熱海の温泉に長逗留しても、それだけで人々から非難されることはなかった。舛添知事も明治時代であれば別荘に行ったからと言って糾弾されることはなかったであろう。生まれる時代を間違えたというべきか。
 私は学者の世界にいくらか足を突っ込んできたおかげで、日本の学者は貧乏なくせに、国家や大会社にたかろうとする一面を持っていることを知っている。東大で学者生活をした舛添知事は、明治の風習を引きずっていたというべきだろうか。また小保方晴子女史の事件にみられるように、日本の学者は自分たちのグループや指導教師の枠外に出ることを禁じられたに等しい人生を送っている。小保方女史の研究は、そこを逸脱したためにグループから非難されることになって起こったのではないかと考えている。女史が自伝的な著書で述べているように、研究そのものの方向は否定されるべきではなく、まして大学が女史の博士の学位を取り消したのは、日本的な学者グループの習性からではないかと疑っている。研究内容を理解せず、関係した学者たちの言い分をうのみにしたジャーナリストたちが、女史の再研究を妨げ、彼女をその終点に追い込んで行ったことは、女史の著書にある通りであろう。
 学者の世界もドロドロした人間関係で動かされている。舛添知事が今日的な大衆の政治観を見破ることなく明治時代的なものの見方をした結果は、見てのとおりであるが、政府の委員などとして政策にかかわり世間的には活躍しているとみられている学者たちも、同じ轍を踏むことがないよう注意すべきであろう。

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