軍事評論家熊谷直の社会評論

アジアを中心にした社会・軍事の情勢やニュースの分析

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  長野県の防災ヘリが、たぶん乱気流と雪の白さで目測を誤って墜落した。山岳救難にも活躍できる9人の隊員が亡くなったことは、遺憾の極みである。この事故からわかるように、ベテランの乗組員が運用していても航空機は、常に危険と隣り合わせで飛んでいる。若い時に一応の基本的な操縦訓練を受け、さらに要撃管制官としてスクランブル処置にもかかわった私は、ヘリコプターであっても固定翼の飛行機であっても危険な乗り物であることはよく知っている。
 「気象が勝敗を決めた」という熊谷直のペンネームで私が出版した単行本の中では、日本陸海軍の航空機や自衛隊の航空事故についても取り上げている。航空機は危険な乗り物であるだけに、発達の道筋でできるだけ事故を無くすように機体の設計からはじめて、運用のシステムや整備、気象その他の支援システムについても、いろいろな工夫がなされてきた。その点でいちばん進んでいるのはアメリカの航空システムである。それも第二次世界大戦中に軍用機関係のシステムを発達させていて、日本の自衛隊もそれを学んだので、自衛隊関係の航空事故では、事故を反省資料として生かすために、事故を起こした責任者の追及よりも事実関係の解明に力を注いでいる。
 警察関係の取り調べは、交通事故では比較的、事故を反省材料として使っているが、刑法犯については犯罪の予防よりも、犯人の逮捕と処罰に力点があるように見える。たとえば強姦事件が起こらないように暗闇をなくすことや性的関心を高めるおそれがあるインターネットの取り締まりのようなことにはあまり力を入れてこなかった。最近その方面の法改正が国会で取り上げられ少しずつ変わってきてはいるが、それでも昇任試験の点数で有利になるのは、犯人逮捕の功労者であるらしい。そのために試験が近づくと交通取り締まりで点数を稼いでいるという話はよく聞く。また性の解放の社会的な雰囲気の中で、警察官も性処理に悩むことが多いようで、その面で罪を犯し警察官が逮捕されたという報道は珍しくなくなっている。私が特に気にしているのは、50歳代終わりの定年が近い警察官がそのような報道をされて、年金を受ける権利を失ってしまうことである。酒のために自制心を無くしてということだけでなく、とくに高齢になると妻に相手にされなくなるという社会の雰囲気も影響しているようだ。
 そのような問題も航空事故も、問題が起こる前に必要な処置をするということと、起こった事故は責任追及よりも今後の反省材料にして、事故の予防に役立てるということが大切であろう。昭和6年(1931年)頃の日本海軍は、第一次世界大戦後に戦艦の建造が米英とともに大きく制限されていたので、航空機をその代わりにしようとしていた。航空機に爆弾や魚雷を積んで敵戦艦・巡洋艦の近くまで運び、当時主力艦といわれていたこれらの艦を空から撃沈しようとしたのである。この昭和6年の空からの魚雷攻撃に使われたのは13式艦上攻撃機である。空母から発進している。この飛行機は一年間に2万回訓練で飛んで、16回事故を起こし、搭乗機の死者1
人、負傷者3人という損失が年間報告に残されている。当時の日本海軍では、軍艦と同じように航空分野でも「操縦者の誤り」というふうに、責任追及に力が入っていた。昭和2年の夜間の連合艦隊の艦隊訓練中に、艦長として操艦を誤って駆逐艦に衝突し28名を死なせた巡洋艦神通の艦長水城大佐は、事件の調査が終わった段階で自宅で自決している。それが当時の責任の取り方であった。
 沖縄では基地反対派のリーダーたちが、航空事故の責任追及に熱心であるのか昨年末の普天間駐在オスプレイの給油訓練中の事故を、オスプレイは危険な航空機だと人々に印象付けるために利用しているように見える。オスプレイは開発段階では、ヘリコプターよりも操縦が難しいところがあったためか、事故を起こしていた。しかし現在は1989年の初飛行から28 年もたっていて、すっかり実用化されている。それを新型輸送機と言い立てているのが、基地反対派のリーダーたちである。1961年初飛行の古くて整備が難しくなっていた大型輸送用ヘリコプターC47よりは安全な、特に戦場では高速輸送ができ飛行距離も2倍以上と長い点で役に立つ輸送機であることは間違いない。墜落した長野県の防災ヘリが、もし雪の白さに幻惑されたのであれば、普天間に近い海岸に緊急着陸しようとしたオスプレイが透明な水のサンゴ礁を夜間に陸地と見誤る可能性はある。反対派のリーダーたちは、翁長県知事がトランプ米大統領に相手にされずにすごすごと沖縄に帰ってきてからは、リーダーたちも立場を失ったように見える。沖縄タイムスなどが彼ら寄りの論調を控えているように見えるからだ。リーダーたちは海軍流に切腹して責任を取るつもりだろうか。
 沖縄だけのことではなく、羽田でも東京オリンピックに向けての航空機のルート変更など、私の目から見て大丈夫かなと思う施策が進みつつある。地上のことは目に見えるので小池知事も論じやすいのであろうが、精神に異常がある機長が故意に着陸を誤って海中に突入した昔の事件も思い出して、目に見えないところでの対策を考えておいてほしい。築地の移転問題と新市場の地下の汚染といわれることだけがすべてではない。



  国会では森友学園の問題が長々と議論されている。国有地の払い下げに不正があったのかどうかははっきりしないのでさておき、民進党などがこれを取り上げるきっかけとして、学園がいわば右寄りの教育をしているのがけしからぬと、思想的なところから始めているのは問題ではないか。それをいうなら原爆反対にかこつけて左寄りのいわゆる平和教育を公立学校でしてきた教職団体の責任が問われなければならない。民間の宗教団体が設立した学校法人の宗教教育や在日朝鮮人関係の民族教育も問題になる場合がある。国から全くの支援を受けていないのなら問題はないのだが。新聞社や放送局も報道の自由を名目にして、外交や防衛などの機密を洗い出そうとしている。テロ準備罪を骨抜きにしようとする特定野党に協調して、日本の安全を危うくする行動をしている現状は見逃せない。
 みっともないのは、森友学園の園児が海自艦の入港などを旗を振って歓迎したりしたこれまでの学園の行動に海自が感謝状などを贈ったのを、いわば取り消すような形で防衛省が声明を出したことである。政治問題になるのを避けるためにこれまで、防衛庁時代に臭いものにふたをしてきたやり方がそのまま行われたともいえる。事実を事実として発表せず、スーダンなどでは派遣された自衛隊の指揮官が、責任を個人的にとる形で、現地他国の部隊と協調行動をせざるを得なかったことが、日本の国会では報告文書の隠ぺいのような議論にすり替わっている。PKOなどで派遣された隊員は、国連中心主義の憲法の方針通りに、日本がいかにして国際社会から認められるかに腐心している。そのためには現地で心身をすり減らすこともいとわない。そのため帰国後に病気になる隊員も多いと聞いている。
 国会は日本のための存在であるべきだろうが、議員個人と党利党略のための存在になっているという感じがする。まして人口比以上に外国籍を持つ人たちを議員にすることには、一定の歯止めが必要であろう。国会は一部の人のためのものではない。日本人とその領土、財産を保全するために、議員は全力を尽くすべきだろう。
 最近は大学院で修士または博士の学位を得る若い人が多くなった。結構なことだが、大卒4年で志望する就職先に落ちたために、留年するよりは大学院卒として箔をつけようという程度の者も増え、大学教員の能力がなく、あるいは一応の学位を得てからは全く研究業績を残していない教授もいるようなので、社会全体の進歩を妨げている人もいるようだ。いっぽうで文部科学省の天下り問題で話題になるような名義だけの教授も存在し、社会全体が乱れてきている。これは社会全体の問題でもあり、会社でも一応の役職にいた人を、顧問のような名前の長老優遇ポストを設けて、収入などの面で優遇することが行われている。それが行き過ぎると、長老支配で社長は名ばかりの、名誉会長が院政支配する破産間近の会社になるのだろう。
 問題は公務員であったものが、優遇ポストで公務員としての最終の収入を上回る収入や待遇を受けることが慣例になっており、これが民間にも影響していることではないのか。そのためたとえばNHK退職の役職者が、系列の民間放送などに再就職するときもそれなりの優遇を受けることになる。NHK職員は、昔は公務員に準ずる立場にいたので、そういうことになる。元政府関係機関であった国鉄や電力会社、電電公社、日航などにも同じ例が見られる。現在も完全に民間企業化してはいない郵便局も同じだ。もともと小泉内閣が無理矢理に郵政民営化をすすめたことがその背景にある。郵便局がなくなって困っている島の住民を知っている私の目から見れば、これで得をしたのは小泉内閣の関係者だけだ。このような政治が、名義だけの教授として天下りさせる文部科学省の今回摘発された例の裏にあるといえよう。社会全体の考えを、能力主義、実力主義に変えていけば、昔能力があった人でも現在、役立たずであればそれなりの給料しか払わないことになるだろう。いっぽうで島の郵便局は、昔のままの島民のための郵便局で自治省所管などに衣替えすればよかろう。
 政治家は落選してもただの人にはならない。それまでの活動で利益を得た人たちが、それなりの遇し方をしてくれる。昔総理大臣であったから、今もそれにふさわしい接遇や生活をという考えを持つ人には不満が出てくるかもしれないが、能力主義、実力主義の社会では、そういう不満は出てこなくなるだろう。毎日の生活がうまく流れて、病気になっても一応の医療を受けられれば、それで十分だ。

転載元転載元: 軍事評論家熊谷直の社会評論

 最近は大学院で修士または博士の学位を得る若い人が多くなった。結構なことだが、大卒4年で志望する就職先に落ちたために、留年するよりは大学院卒として箔をつけようという程度の者も増え、大学教員の能力がなく、あるいは一応の学位を得てからは全く研究業績を残していない教授もいるようなので、社会全体の進歩を妨げている人もいるようだ。いっぽうで文部科学省の天下り問題で話題になるような名義だけの教授も存在し、社会全体が乱れてきている。これは社会全体の問題でもあり、会社でも一応の役職にいた人を、顧問のような名前の長老優遇ポストを設けて、収入などの面で優遇することが行われている。それが行き過ぎると、長老支配で社長は名ばかりの、名誉会長が院政支配する破産間近の会社になるのだろう。
 問題は公務員であったものが、優遇ポストで公務員としての最終の収入を上回る収入や待遇を受けることが慣例になっており、これが民間にも影響していることではないのか。そのためたとえばNHK退職の役職者が、系列の民間放送などに再就職するときもそれなりの優遇を受けることになる。NHK職員は、昔は公務員に準ずる立場にいたので、そういうことになる。元政府関係機関であった国鉄や電力会社、電電公社、日航などにも同じ例が見られる。現在も完全に民間企業化してはいない郵便局も同じだ。もともと小泉内閣が無理矢理に郵政民営化をすすめたことがその背景にある。郵便局がなくなって困っている島の住民を知っている私の目から見れば、これで得をしたのは小泉内閣の関係者だけだ。このような政治が、名義だけの教授として天下りさせる文部科学省の今回摘発された例の裏にあるといえよう。社会全体の考えを、能力主義、実力主義に変えていけば、昔能力があった人でも現在、役立たずであればそれなりの給料しか払わないことになるだろう。いっぽうで島の郵便局は、昔のままの島民のための郵便局で自治省所管などに衣替えすればよかろう。
 政治家は落選してもただの人にはならない。それまでの活動で利益を得た人たちが、それなりの遇し方をしてくれる。昔総理大臣であったから、今もそれにふさわしい接遇や生活をという考えを持つ人には不満が出てくるかもしれないが、能力主義、実力主義の社会では、そういう不満は出てこなくなるだろう。毎日の生活がうまく流れて、病気になっても一応の医療を受けられれば、それで十分だ。

 アメリカの新国防長官J.N.マティス退役海兵隊大将が日本を訪問して、日米間の安全保障政策は、トランプ大統領のもとでも基本的にはこれまでと変わらないであろうことを稲田防衛大臣や外相、安倍首相に約束したことで、とりあえず安倍首相が訪米する道が開けたといえる。しかしトランプと安倍の会談がどういう結果になるのかは、会談が終わってみないとわからない。ただ経済問題が話し合いの重点になるであろうことは予想がつく。
 ところで安全保障、特に具体的な戦略や戦術問題については、日本では自衛官やそのOB(OGはまだ玄人の域に達していない)でなければ、語る資格がないといってよかろう。かつて旧軍人や自衛官がメンバーの中心であった防衛学会が防衛庁関係の文官や庁内の学者により政治学や国際関係を主な論点とする 国際安全保障学会に衣替えさせられてしまったことがある。その後立場を失った上級自衛官たちが新防衛学会を復活させたが、両者の関係に円満だとは言いかねる問題が残っている。しかし時間の経過により佐官以上の自衛官に上智大学や慶応大学、筑波大学などの大学院に国内留学したり、アメリカのマサチューセッツ大などで修士・博士の学位を得たり、米国防大学など国防省内の大学院で学んで学位を得たりするものが出てきたので、自衛官学者といえる人物も育ってきている。防衛大学校にも大学院の課程が設けられていて、逆に部外のジャーナリストで特に許可を得てここで学んだ人もいる。なお陸海軍時代には工兵将校や海軍機関将校から選抜されたものが東大、京大、九大などで学んでいたが、自衛隊では初期に防大卒の何名かが帝大系の大学院に進んだが、その後帝大系は反自衛隊になり、兵器の開発には協力しないといいだし、最近もその傾向を強めている。
 しかし一般の人はこのような事実を知らない。高校卒で最下級の自衛官として入隊して、苦労しながら国内留学により博士になった人もいるが、防衛省内でも、そのような人には冷たいのが現実である。そのためか銃を持って走り回っている隊員たちだけが自衛官のすべてだと思っている人が少なくない。特に防大卒の自衛官は卒業時に幹部候補生の曹長になり一年ののちには三尉(少尉)に任官する。曹長は警察でいうと警部補相当であり、小隊長として小部隊を指揮する資格を与えられている。比較的名が通っている大学を卒業してから幹部候補生の試験を受け、合格して防大卒と同じように一年後に三尉に任官する制度もあるが、最近は日大卒程度では試験に合格するのが難しくなっているらしい。警察も自衛隊も、たとい東大卒でも、このような試験に合格しない限りは佐官に昇進するのさえ難しく、入隊時の資格が一生付きまとうのである。そのため米国留学は言うに及ばず国内留学の資格さえ得るのは、容易ではない。
 ところでマティス退役海兵隊大将は、数千冊の蔵書を持っていると噂されていることからもわかるように、軍人学者ともいえる能力を持っているようだ。単なる戦場での暴れ者指揮官ではない。軍人に大学院卒相当の学識を与え始めたのはアメリカであった。
 マティスは陸軍士官学校や海軍兵学校といった上級・高級の軍人コースを出たわけではない。ただ第一次大戦のときに始まった将校不足を補うためにはじめられたROTC(予備将校養成のための幹部候補生教育コース)と呼ばれる大学教育の単位をワシントン州の大学で受講していて、自衛隊の幹部候補生と同じ程度のものを身に付けていると公的に認められていたようだ。そのために、大学卒業時に海兵隊の予備役少尉に任官することができた。湾岸戦争のときの米中央軍司令官シュワルツコフ陸軍大将もやはり、ROTCの出身である。マティスは湾岸戦争のときは海兵隊の大隊長を務めていた。かれらは戦場で戦うことだけにたけていたわけではなく、政治的な戦況判断を適切に行えるだけの学識も身に付けていたのである。
 そのような人物が米国防長官として軍事全般にかかわることになったので、日米安全保障についての政策で日本が、彼に頼ることになるのは避けられまい。普天間の移設問題で軍事についての体験や知識がない翁長沖縄知事がアメリカに行って、相手にされなかったのは当然であろう。日本人は意図的に戦後、軍事から遠ざけられていたので、自衛隊の現状についてはもちろん、世界の軍事についても初歩的な知識がない。そのためマティス大将のことを猛将指揮官としてしか認識していないようだ。
 日本のテレビで安全保障について語る人物の半数以上は、軍事を体験したり学んだりしていない大学教授級の人物が多いが、私自身は防大や統合幕僚学校などで軍事史を教え、若い時にはキューバ事件などのときに日本列島に接近してくるソ連機などと対峙してスクランブル処置をした目で状況を見るので、彼らはいい加減な発言をしていると思うことが多い。最近は米欧に公的に留学して安全保障について学んだ元将官級の人も発言し、ひげの隊長こと佐藤参議院議員のようにそのような経験に加えてイラクの第一線に派遣された経験から発言する人も増えている。そのような目でマティス長官を理解することも必要であろう。戦争体験がある沖縄民という発言をする、そうではない沖縄の基地反対者(偽物)の言をそのまま信じてしまうのは、非常に危険だ。中国のために基地反対を口にしているような沖縄地元のジャーナリストや学者の話を聞くときは用心する必要がある。
 
 



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