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シリアで日本人女性記者が撃たれて犠牲になった事件が起こった。このブログの趣旨外ではあるが、軍事史の専門家として一応の解説をしておきたい。
イラクやアフガニスタンの戦闘があったおかげで、日本からはるかに遠い国の紛争についても、日本の一般の人の関心が高まってきている。紛争の発端は第一次世界大戦のとき、軍艦や航空機が石油をエネルギー源として発達したために、中東産油国の多くをイギリスが支配するようになったことにある。もともとインドを支配していたイギリスは、ドイツとトルコが支配していたインドに隣接する中東をこの戦争で支配しようとした。アメリカの力も借りて戦争に勝ったイギリスは、国際連盟委任統治領としてイラクを手に入れたが、周辺アラブ地域の多くにたいしても、戦前から戦中にかけて、保護国の形や植民地としての影響力を強めていた。エジプトも、イギリスがトルコを追放した形で支配権を手に入れた。そのなかで、シリアでは戦争中はイギリスの力が強かったが、フランスが委任統治権を手に入れた。またアフガニスタンはイラン支配とイギリス支配を経て、王国として独立した。イランも第一次大戦後に英・露支配から王国として独立した後、1969年のイスラム革命でシーア派支配を徹底するイスラム国になって以来、アメリカと対立している。
第一次大戦のときイギリスは、戦費調達のためイギリスやアメリカ在住のユダヤ人富豪などに働きかけ、ユダヤ人の国を自分が支配していた中東のイスラエルに、建国させることを約束した。そのためこの地に入植するユダヤ人が増え、第二次大戦後に国連は、アラブ人が居住していた土地を含めてユダヤ人の国イスラエルとして独立させた。しかしそれを認めない周辺アラブ国がイスラエルを攻撃したが、イスラエルは軍備を固くして独立を維持した。そのような歴史があるために米英両国はイスラエルを支援せざるを得ない。いっぽうで米英に対立していたソ連とその後継者のロシアは、この地域でも米英と対立した。最近はそれに中国が加わったので対立関係が複雑になっている。
シリアやイランはそのようなわけで、ロシア、中国との関係が深く、逆にイスラエルの側に立ちがちなアメリカは、シリアやイランに反政府勢力が育って支配者が交代してくれればと思っている。それぞれの支援国が国連でシリア問題を検討するとき対立的な立場で発言するので、内戦状態になっているシリアの両派閥は、戦闘を続けざるを得ない。それぞれ資金や武器援助を背後の支援国から受けている。シリア政府軍のアサド大統領はもともと1970年にクーデターで政権を握り、独裁政権の圧制を続けてきたといわれている。背後にあるのはロシア・中国やイランである。イランはシーア派というイスラム教の一派が支配している点でシリア政府と共通性がある。そのように複雑な地域では、戦場での敵味方の区別はつきにくいし、国民も両派のどちらに属しているかが自分でも分からなくなっているだろう。
女性記者が撃たれたのは成り行きであったとしかいえない。表向きは民衆のための報道というような大義名分があるだろうが、情勢が複雑すぎるところに入るべきではなかった。個人として活動できることには限界がある。国連監視団さえ撤退したのであるから、外からは情勢を見守るしかない。
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2012年08月22日
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