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沖縄で戦争後間もなく作られた「二見情話」という歌がある。「二見みやらび(美童)やーだんじゅ(男女)きむ(肝)ちゅ(美)らしや、海山ぬ眺み ゆす(他所)にまさてぃゆ 」 という出だしは、辺野古といわれているキャンプシュワープ地区の収容所に入れられていた那覇出身の作者の感慨だそうだが、「二見は人の心根も海山の景色も他所に優っている」という意味だ。この地域が美しいのは今も変わらないが、沖縄の海岸を北にさかのぼっていくと、同じような美しい海岸や山は今も存在している。それを壊したくないという地元の人の気持ちは分かるが、飛行場建設反対の声が、本土や那覇方面出身の活動家から上がっていることが問題だろう。
鳩山由紀夫民主党総理大臣が普天間基地を、キャンプシュワープ沖の海岸(いわゆる辺野古沖)に滑走路を新設する案ができていたのを破棄する以前から、現地海岸を基地内からも見ていた私は、現地の雰囲気や状況をよく知っており、これまでも何度もブログに、この移転問題について意見を述べてきた。しかしなかなか東京のメディアが、広く私の意見の方向で動こうとはしなかった。しかしようやくこれまでの左寄りの立場を捨てて、少なくとも現地の実態を報道する方向に動き出したようだ。
5 月28日のNHKあさイチは、キャンプシュワープゲート前に集まっている反対派20人ほどの動きから始めて、地元の住民の声らしきものを放映した。住民は、 これまで声をあげても那覇の赤旗メディアに消されてしまうのでメディアに反感を持っているらしく、手で✕点の表示をして発言をしないという意思表示をしていた。鳩山時代以前には私も、かれらから米兵が少なくなって飲食店などをやめざるを得なくなったという実情を聞きとったものだ。
ここに限らず反対派は沖縄県内の基地ゲート付近の金網に、自分たちの存在を誇示するビニールテープを巻き付け、それを目障りでみっともないからと近所の住民が取り除くという行動を繰り返してきた。これまでも述べてきたとおり、基地反対派と賛成派は選挙のときはちょっとした雰囲気や沖縄内の政治派閥の関係で、賛成派になったり反対派になったりする。これは他の日本本土の田舎の選挙と変わりはない。
もちろん普天間でも地元の声は移転賛成と反対の両派で違う。しかし大きい目で見れば、市街地の中にある普天間基地をキャンプシュワープに移せば、新しく作る滑走路よりも広い土地が地元に返還されるので、安全と経済の両面から地元が得るものは大きくなるのではないか。
なおNHKあさイチは、普天間の騒音問題を取り上げていたが、ヘリコプター(MV22オスプレイも)の騒音は慣れてくればそれほど気にならない。ジェット機の試運転などの轟音が長時間続くとさすがにいやになるがヘリの騒音はそれよりは小さく、新聞社のヘリが頭上を舞っていてもそれほど気にならないのと同じである。私は元航空自衛官であり、教官として、防音装置も、ましてエアコンさえない基地内の教室で学生たちに教育した経験があるので、よく分かる。官舎や隊舎はいざというときに出動できるように基地内にあるが居住環境が悪いのは教育の場と同じだ。その家賃を一般家賃並みに値上げされても、苦情の持って生き場がないのが結婚している自衛官であった。自衛隊は予算がないので自分たちの生活を犠牲にして、このように努めてきている。自動警戒管制装置の関係でコンピューターを導入したのは比較的早かったが、教育に必要なパソコンを入手したのは、小さな会社がパソコンを導入してからであった。そのような中でも、基地周辺の民家には優先して防音装置を付けてきたのである。
ある隊員が中曽根総理に視察現場で陳情するまで、トイレットペーパー用の予算はなく、自分持ちであった。ペーパーの巻紙が常に自分の手回り必需品であり、食後に巻紙を持った隊員が、米軍式の隣との仕切りがない便所の入り口に行列していた。しかし当時の自衛隊反対の声が大きい中で、そのようなことを報道するメディアはなかった。
現在、正常な形で安保議論が国会で進んでいるのは、私などにとっては夢である。まして総理の隣に防衛大で私の息子の世代の学生であった防衛大臣が座り、立派な答弁をしているのを見ると、これで我々の世代の苦労がいくらかでも世間に理解されつつあると、涙が出てくる。沖縄問題もその流れで早く解決してほしい。
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