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19日未明、安保法案が法律としてようやく成立したが、中国のWEBサイトの反応に日本の軍国主義復活論調が多いのは予想された通りである。しかしその表現に、日本のサイトでとりあげていて、朝日などの中国寄りメディアが論点として人々に訴えていた「戦争ができる国家」になったという内容が強調されているのを見て、やはり中国のプロパガンダに朝日だけでなくNHKの報道関係の人々も乗せられていたのかという印象をもった。
中国共産党関係者がそう思うのは自分たちの利益がかかっているのだから当然であろう。しかし乗せられていた日本人は、中国共産党から利益のおすそ分けを得ていたのでなければ、自分でものを考えていない軽率な人だとはいえないだろうか。ファッション(流行)としてのプロパガンダ議論に引きずられているのは、日本の敗戦後に占領政策として行われた軍事の否定の結果として、日本占領軍(米軍主体)が作成した日本国憲法第9条絶対の議論(変更することを難しくしてある96条の硬性憲法との絡みを含む)に同調していた人と変わりはない。占領政策としての新憲法を、サンフランシスコ講和後の独立以後もこれをそのまま引きずっていた当時の文化人的な軽率な論者に乗せられていた当時の安保反対派たちに比べて、今の反対派も変わりはないといえよう。昔の反対派に共産国ソ連の資金が流れていたということは、公安関係者はよく知っていたが、一般には報道されていなかった。
今回乗せられた人たちは今後、学生なら就職面で不利になるであろうし、そのなかの信念を持って行動した人たちは、いまさら態度を変えることはできずに今後肩身の狭い思いをし、活動する社会の幅が狭められるであろう。
それとは逆の立場で昔、防衛大出の自衛官として生きる道を選んだ私は、自衛官としては常に颯爽と行動してきたつもりであり、税金泥棒呼ばわりをする作家の大江健三郎氏などとも正面から向き合ってきたが、社会的に行動が制約されることは多かった。たとえば東大なと゛の大学院への防大卒自衛官の国内派遣留学は、大学から拒否されていた。卒業時に任官しなかった防衛大学生の中には、たまたま合格して入学したものの、特別の信念をもたないので、社会的に制約されるのが嫌で将来に見切りをつけて任官しなかったものもいた。それと同じように肩身が狭かったり、将来に影響するという意味で今の反対派についてここで述べている。
自民党のひげの隊長佐藤正久議員は私の子供の世代、教え子の世代であるが、元陸自参謀であるだけに安保担当者として参院での対応計画が綿密で、自分でも体を張って行動していた。民主党がただ脈絡もなく、不法なセクシャル対応と具体的な中身のない質問や時間引き延ばしのための動議と暴力で政治劇を繰り返し見せてくれたのとは違っていた。
自民党衆院議員では古参者による、左右上下との調整なしで、おかしな参考人を推薦したり議員や官僚に党とは反対の発言をさせる雰囲気を作ったりという組織的ではないリーダーシップに欠けるものがみられ、そのような人物が国家の中枢におり、その秘書が地方の長などに鞍替えしている政治の危険な現実を教えてくれたことが、国民への反面教師になったといえよう。 なおこのことは、次回オリンピックの準備担当議員などについてもいえよう。
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2015年09月19日
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19日未明、安保法案が法律としてようやく成立したが、中国のWEBサイトの反応に日本の軍国主義復活論調が多いのは予想された通りである。しかしその表現に、日本のサイトでとりあげていて、朝日などの中国寄りメディアが論点として人々に訴えていた「戦争ができる国家」になったという内容が強調されているのを見て、やはり中国のプロパガンダに朝日だけでなくNHKの報道関係の人々も乗せられていたのかという印象をもった。
中国共産党関係者がそう思うのは自分たちの利益がかかっているのだから当然であろう。しかし乗せられていた日本人は、中国共産党から利益のおすそ分けを得ていたのでなければ、自分でものを考えていない軽率な人だとはいえないだろうか。ファッション(流行)としてのプロパガンダ議論に引きずられているのは、日本の敗戦後に占領政策として行われた軍事の否定の結果として、日本占領軍(米軍主体)が作成した日本国憲法第9条絶対の議論(変更することを難しくしてある96条の硬性憲法との絡みを含む)に同調していた人と変わりはない。占領政策としての新憲法を、サンフランシスコ講和後の独立以後もこれをそのまま引きずっていた当時の文化人的な軽率な論者に乗せられていた当時の安保反対派たちに比べて、今の反対派も変わりはないといえよう。昔の反対派に共産国ソ連の資金が流れていたということは、公安関係者はよく知っていたが、一般には報道されていなかった。
今回乗せられた人たちは今後、学生なら就職面で不利になるであろうし、そのなかの信念を持って行動した人たちは、いまさら態度を変えることはできずに今後肩身の狭い思いをし、活動する社会の幅が狭められるであろう。
それとは逆の立場で昔、防衛大出の自衛官として生きる道を選んだ私は、自衛官としては常に颯爽と行動してきたつもりであり、税金泥棒呼ばわりをする作家の大江健三郎氏などとも正面から向き合ってきたが、社会的に行動が制約されることは多かった。たとえば東大なと゛の大学院への防大卒自衛官の国内派遣留学は、大学から拒否されていた。卒業時に任官しなかった防衛大学生の中には、たまたま合格して入学したものの、特別の信念をもたないので、社会的に制約されるのが嫌で将来に見切りをつけて任官しなかったものもいた。それと同じように肩身が狭かったり、将来に影響するという意味で今の反対派についてここで述べている。
自民党のひげの隊長佐藤正久議員は私の子供の世代、教え子の世代であるが、元陸自参謀であるだけに安保担当者として参院での対応計画が綿密で、自分でも体を張って行動していた。民主党がただ脈絡もなく、不法なセクシャル対応と具体的な中身のない質問や時間引き延ばしのための動議と暴力で政治劇を繰り返し見せてくれたのとは違っていた。
自民党衆院議員では古参者による、左右上下との調整なしで、おかしな参考人を推薦したり議員や官僚に党とは反対の発言をさせる雰囲気を作ったりという組織的ではないリーダーシップに欠けるものがみられ、そのような人物が国家の中枢におり、その秘書が地方の長などに鞍替えしている政治の危険な現実を教えてくれたことが、国民への反面教師になったといえよう。 なおこのことは、次回オリンピックの準備担当議員などについてもいえよう。
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