軍事評論家熊谷直の社会評論

アジアを中心にした社会・軍事の情勢やニュースの分析

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 舛添都知事がついに辞任に追い込まれた。選挙のときは有権者という大衆が、候補者の表面だけを見てムードで判断するいわば人気投票なので、このような結果になるのだろう。現在進行中のアメリカの大統領選挙も似たり寄ったりではないか。無名の不動産業者であったトランプ氏が共和党の大統領候補になっていく過程をみていると、インターネット時代の選挙はこれまでとは違う方法が必要なのではないかと思われてくる。インターネットという情報伝達の道具がアッというまにムードを作り上げるのが怖い。
 明治時代には新聞や雑誌という情報手段と口コミだけが人々の情報源であったので、政治家の実像だけでなく、学者も文士も、大衆は10年もかけてようやく、実像に近いものを理解できていた。今は、ムードにうまく乗った人だけが人々に受け入れられているが、実像ではなく虚像が受け入れられているに過ぎない。虚像を広めているのはテレビやインターネットのような、目や耳といった五感に感覚的に訴えるものだ。テレビもチャンネル数が増えたので、番組をゆっくり作り上げている暇がなく、たとえば沖縄の基地問題の番組であれば、現地の活動家が、NHK・民放を問わず、東京のどの番組にも顔を出すということになってしまっている。つまり沖縄を比較的よく知っているナイチャー(内地人)の私の目から見ると、思想的に偏向していると感じさせられるものに仕上がっている。
 そのように考えると、舛添都知事は、明治時代であれば実像が、時間をかけて人々に理解されたであろう。明治の政治、軍事の大立ものであった山縣有朋は同郷の仲間のために、明治新政府発足間もなく、今とはけた違いの汚職をしている。それでもその後、内閣総理大臣を2回務めている。伊藤博文は4回も総理大臣を務めていてそれなりに蓄財しており、女性関係もそれなりのものをもっていたが、明治憲法制定など日本の政治制度の基礎を固めたので、国家的な功労者として顔が千円札に印刷されている。しかし山縣は女性関係で艶福家というわけではなく、くそまじめといわれる半面を持っていたためか伊藤ほどの人気はなくて、お札とは縁が遠かった。それでも当時の政治家は、熱海の温泉に長逗留しても、それだけで人々から非難されることはなかった。舛添知事も明治時代であれば別荘に行ったからと言って糾弾されることはなかったであろう。生まれる時代を間違えたというべきか。
 私は学者の世界にいくらか足を突っ込んできたおかげで、日本の学者は貧乏なくせに、国家や大会社にたかろうとする一面を持っていることを知っている。東大で学者生活をした舛添知事は、明治の風習を引きずっていたというべきだろうか。また小保方晴子女史の事件にみられるように、日本の学者は自分たちのグループや指導教師の枠外に出ることを禁じられたに等しい人生を送っている。小保方女史の研究は、そこを逸脱したためにグループから非難されることになって起こったのではないかと考えている。女史が自伝的な著書で述べているように、研究そのものの方向は否定されるべきではなく、まして大学が女史の博士の学位を取り消したのは、日本的な学者グループの習性からではないかと疑っている。研究内容を理解せず、関係した学者たちの言い分をうのみにしたジャーナリストたちが、女史の再研究を妨げ、彼女をその終点に追い込んで行ったことは、女史の著書にある通りであろう。
 学者の世界もドロドロした人間関係で動かされている。舛添知事が今日的な大衆の政治観を見破ることなく明治時代的なものの見方をした結果は、見てのとおりであるが、政府の委員などとして政策にかかわり世間的には活躍しているとみられている学者たちも、同じ轍を踏むことがないよう注意すべきであろう。

転載元転載元: 軍事評論家熊谷直の社会評論

 舛添都知事がついに辞任に追い込まれた。選挙のときは有権者という大衆が、候補者の表面だけを見てムードで判断するいわば人気投票なので、このような結果になるのだろう。現在進行中のアメリカの大統領選挙も似たり寄ったりではないか。無名の不動産業者であったトランプ氏が共和党の大統領候補になっていく過程をみていると、インターネット時代の選挙はこれまでとは違う方法が必要なのではないかと思われてくる。インターネットという情報伝達の道具がアッというまにムードを作り上げるのが怖い。
 明治時代には新聞や雑誌という情報手段と口コミだけが人々の情報源であったので、政治家の実像だけでなく、学者も文士も、大衆は10年もかけてようやく、実像に近いものを理解できていた。今は、ムードにうまく乗った人だけが人々に受け入れられているが、実像ではなく虚像が受け入れられているに過ぎない。虚像を広めているのはテレビやインターネットのような、目や耳といった五感に感覚的に訴えるものだ。テレビもチャンネル数が増えたので、番組をゆっくり作り上げている暇がなく、たとえば沖縄の基地問題の番組であれば、現地の活動家が、NHK・民放を問わず、東京のどの番組にも顔を出すということになってしまっている。つまり沖縄を比較的よく知っているナイチャー(内地人)の私の目から見ると、思想的に偏向していると感じさせられるものに仕上がっている。
 そのように考えると、舛添都知事は、明治時代であれば実像が、時間をかけて人々に理解されたであろう。明治の政治、軍事の大立ものであった山縣有朋は同郷の仲間のために、明治新政府発足間もなく、今とはけた違いの汚職をしている。それでもその後、内閣総理大臣を2回務めている。伊藤博文は4回も総理大臣を務めていてそれなりに蓄財しており、女性関係もそれなりのものをもっていたが、明治憲法制定など日本の政治制度の基礎を固めたので、国家的な功労者として顔が千円札に印刷されている。しかし山縣は女性関係で艶福家というわけではなく、くそまじめといわれる半面を持っていたためか伊藤ほどの人気はなくて、お札とは縁が遠かった。それでも当時の政治家は、熱海の温泉に長逗留しても、それだけで人々から非難されることはなかった。舛添知事も明治時代であれば別荘に行ったからと言って糾弾されることはなかったであろう。生まれる時代を間違えたというべきか。
 私は学者の世界にいくらか足を突っ込んできたおかげで、日本の学者は貧乏なくせに、国家や大会社にたかろうとする一面を持っていることを知っている。東大で学者生活をした舛添知事は、明治の風習を引きずっていたというべきだろうか。また小保方晴子女史の事件にみられるように、日本の学者は自分たちのグループや指導教師の枠外に出ることを禁じられたに等しい人生を送っている。小保方女史の研究は、そこを逸脱したためにグループから非難されることになって起こったのではないかと考えている。女史が自伝的な著書で述べているように、研究そのものの方向は否定されるべきではなく、まして大学が女史の博士の学位を取り消したのは、日本的な学者グループの習性からではないかと疑っている。研究内容を理解せず、関係した学者たちの言い分をうのみにしたジャーナリストたちが、女史の再研究を妨げ、彼女をその終点に追い込んで行ったことは、女史の著書にある通りであろう。
 学者の世界もドロドロした人間関係で動かされている。舛添知事が今日的な大衆の政治観を見破ることなく明治時代的なものの見方をした結果は、見てのとおりであるが、政府の委員などとして政策にかかわり世間的には活躍しているとみられている学者たちも、同じ轍を踏むことがないよう注意すべきであろう。

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