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最近は大学院で修士または博士の学位を得る若い人が多くなった。結構なことだが、大卒4年で志望する就職先に落ちたために、留年するよりは大学院卒として箔をつけようという程度の者も増え、大学教員の能力がなく、あるいは一応の学位を得てからは全く研究業績を残していない教授もいるようなので、社会全体の進歩を妨げている人もいるようだ。いっぽうで文部科学省の天下り問題で話題になるような名義だけの教授も存在し、社会全体が乱れてきている。これは社会全体の問題でもあり、会社でも一応の役職にいた人を、顧問のような名前の長老優遇ポストを設けて、収入などの面で優遇することが行われている。それが行き過ぎると、長老支配で社長は名ばかりの、名誉会長が院政支配する破産間近の会社になるのだろう。
問題は公務員であったものが、優遇ポストで公務員としての最終の収入を上回る収入や待遇を受けることが慣例になっており、これが民間にも影響していることではないのか。そのためたとえばNHK退職の役職者が、系列の民間放送などに再就職するときもそれなりの優遇を受けることになる。NHK職員は、昔は公務員に準ずる立場にいたので、そういうことになる。元政府関係機関であった国鉄や電力会社、電電公社、日航などにも同じ例が見られる。現在も完全に民間企業化してはいない郵便局も同じだ。もともと小泉内閣が無理矢理に郵政民営化をすすめたことがその背景にある。郵便局がなくなって困っている島の住民を知っている私の目から見れば、これで得をしたのは小泉内閣の関係者だけだ。このような政治が、名義だけの教授として天下りさせる文部科学省の今回摘発された例の裏にあるといえよう。社会全体の考えを、能力主義、実力主義に変えていけば、昔能力があった人でも現在、役立たずであればそれなりの給料しか払わないことになるだろう。いっぽうで島の郵便局は、昔のままの島民のための郵便局で自治省所管などに衣替えすればよかろう。
政治家は落選してもただの人にはならない。それまでの活動で利益を得た人たちが、それなりの遇し方をしてくれる。昔総理大臣であったから、今もそれにふさわしい接遇や生活をという考えを持つ人には不満が出てくるかもしれないが、能力主義、実力主義の社会では、そういう不満は出てこなくなるだろう。毎日の生活がうまく流れて、病気になっても一応の医療を受けられれば、それで十分だ。
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