軍事評論家熊谷直の社会評論

アジアを中心にした社会・軍事の情勢やニュースの分析

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軍事評論家熊谷直の社会評論 できるだけ軍事的な観点を含ませながら、アジアの各国および日本で起こっている社会の状況について分析評論する。
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横浜大口病院の点滴異常の調査が進められているようだが、神奈川県内の他の病院での30年以上も昔の私の体験を記しておきたい。義母の交代看護をしていたときのことである。看護師(当時は看護婦)が点滴の液を交換してからしばらくして、軽い気持ちでボトルに書かれている名前を見た。他人の名前が書かれているではないか。驚いて看護室に連絡したところ、当直の看護婦がやってきて正しい名前のものと交換した。「大丈夫ですか」と聞いたところ、悪びれる様子もなく、「平気です」とだけ答えて足早に帰って行った。すぐに異常が出ることもなかったので、同じ種類のものかと思って医師に連絡するようなことはしなかった。胆石手術前の点滴であり、そんなものかとおもったのだが、病気については結局医師の判断で、容体が悪いからということで手術ができずに経過観察をすることとなり、それから数日後に亡くなった。医師にはそのとき点滴間違いのことは伝えたが、そのことが悪い影響があったといようなことは言われなかったと記憶している。
 その後、私も高齢になってから体中が故障して手術を何度もし、点滴もしたが、看護師の勤務体制について疑問を持つようになった。特に最近は、夜間の当直が忙しくて決まりきったことしかしなかったり、コンピューターによる記録だけを頼りにしている傾向があるのではないかと思う。医師も忙しくて、大学病院でも縦割りの体制があり、横の連絡が不十分という感じがしている。それが医学的な間違いにつながっているのではなかろうか。当方は若い時から仕事の上で航空身体検査や低圧室・高圧室などでの実務的な検査を何度も受けていて、素人としては医学的な知識や体験があるほうだ。鍼灸は自分でもやっている。医学は金儲けや個人的な名誉を重視して実務や研究が行われるのではなく、人を健康にするためのものでなければならないと思うが皆さんはどう思われるか。

 次の東京オリンピックの施設建設費が3兆円を超えるという、森喜朗大会組織委員会会長の発言が問題になっている。予想される規模が1964年の東京オリンピックの10倍以上になると考えられる次回大会で、費用が膨らむのはある程度は仕方がないだろう。しかし1964年の施設費が166億円であったのに比べて200倍というのは、多すぎるといわざるを得ない。大学卒の初任給が二万円台であった前回のオリンピック当時と比べて、現在の初任給は10倍程度なので、建設費は2000億円以上、多くても1兆円以下に収めるべきであろう。元総理大臣の実力者森会長にはご意見番がいないということなのか。
 前回の東京オリンピックは、戦争中にお流れになった東京大会の再現などの理由もあり、それなりの規模になって当然であった。しかし今はそうすべき特別の理由はない。前回はパラリンピックなしで2週間で終了したが、2か月近くも同じような行事が続く今の制度そのものもそれでよいのか、世界的に再検討してみる必要があろう。
 前回はカヌーは相模湖で、競輪は都心から離れた八王子で、その他軽井沢や江の島でも競技が行われたのであり、参加国だけでなく競技数も多くなったのが、問題であろう。この規模で続けると、経済的に余裕がある国以外でこの祭典を行うことはむりになる。
 前回の東京オリンピックの日本オリンピック委員長は元皇族の竹田恒徳氏であり、対内的にも対外的にもそれなりの権威が認められていた。戦時中の大本営参謀であり、終戦処理にも走り回った。そのオリンピック事務局補佐として臨時に委員会に派遣されて実質的に全体を取り仕切っていた官僚が、その後私と同室であったときに、当時の話を何度も聞かされたが、補佐の官僚としての根回しのおかげで、大きな間違いもなく行事の準備と進行が行われたようである。恒徳氏の子息の恒和氏がたまたま日本のJOCの会長であった時に今回のオリンピックの話が決定したが、恒和氏は組織上森委員会会長の下に置かれているので、かつての恒徳氏のような権威を示す立場にはない。
 小池都知事は政治家としての過去の経験からも、オリンピックに政治が大きくからんでいることを見抜いて費用圧縮に動き出したようだが、すでに出来上がっていて進行中の計画を変更することは難しいことは、私の経験からも推測できる。見かけだけの手直しに終わるのではないか。
 前回のオリンピックでは竹田恒徳氏が大本営陸軍参謀であったことが、自衛隊を行事支援の後方関係で活動させるのに役立った。陸上自衛隊の将官に陸軍士官学校や陸軍大学校で同期生であった人も多かったからである。観客のなかには式典のときに五輪のマークを描いて見せた戦闘機ブルーインパルスによる空中展示だけが目に映り印象として今もそれを残している人があろうかと思うが、警察でさえ十分の通信手段を持っていなかった当時に、要所要所で通信連絡に当たり、群衆の警備や整理にも当たり、給食や輸送さらに救急の支援にも当たった陸上自衛隊の存在を忘れてはならない。その元締め役を務めたのが戦争中に明大卒の幹部候補生として第一線で戦った、1932年のロスオリンピックの400メートル自由型水泳で銅メダルを得たことがある1等陸佐(大佐)の大横田勉氏であった。私は防衛大の学生のときに水泳の指導を受けたり訓育を受けたりしてお世話になっている。前の東京五輪のときの重量挙げ金メダルの三宅選手が自衛官生活のほとんどを自衛隊体育学校で過ごしたのと違い、第一線で戦った経験も持っている人なので、組織を動かす要点は十分に抑えていた。
また最後のマラソンで体育学校の下士官選手であった円谷幸吉氏が最後に抜かれながらも銅メダルを獲得した感激は私も忘れない。
 軍隊がこのような国家的な行事の支援をするのは世界の慣例になっており、そのときに元首級の人が公式にやってくれば、空港などでかしら右の栄誉礼で迎えることもしなければならない。海の上でも保安庁ではできない同じような挨拶をせねばならない。自衛隊抜きではオリンピックはできないと思ってもよかろう。
 森氏は政治家であり、このような実務的なことには目が向いていないのではないか。小池都知事も似たようなものであろう。お金だけが問題ではないことを心得て、都の役人の組織に問題があるのであれば、その面で補佐ができる人を顧問にして、オリンピックだけでなく組織を円滑に動かすように心がけてほしい。主張しておられるように税金の無駄遣いをなくすためには、組織の目的を役人にしっかり認識させ、もちろんご自分もパーフォーマンすではなくそのことを肝に銘じて、縦横左右の連絡を円滑にする組織運用を心掛けていただきたい。
 
 
参院選挙後の初国会が始まり民進党の蓮舫参議院議員も党首として、参議院で安倍内閣総理大臣に質問をする機会が出てくる。今のところ衆議院の活動が優先されているので、安倍総理に質問をするのは衆議院議員で民進党の幹事長を務める野田佳彦元総理大臣であるが、二大政党の一方の党首が存在感を示すことができないという状況は好ましいことではあるまい。
 もう一つの蓮舫党首の問題点は、台湾籍と日本国籍の二重籍になっていたということであろう。国連加盟国として国連安保理事会でも重要な役割を務めている日本は、1971年に国連が中国の代表権を中華人民共和国(共産党政権)が保有すると議決したときから中華民国国民政府が支配していた台湾地域を、国連では中華人民共和国の支配地域として扱うことにせざるを得なくなった。そのため翌年1972年には田中角栄内閣のもとで日中国交回復として共産中国を中国の正式代表と認めることをした。しかし台湾地域は実質的には国民政府が支配しているので、日本と台湾の外交的な連絡は、表向きは経済文化代表処という名の民間機関を通じて行ってきた。なお沖縄の日本への返還が行われたのも昭和47年(1972年)であり、この道筋をつけたのは佐藤内閣であったが実際の返還業務は田中内閣が担当した。当時は日本の国内で爆弾騒動や学園騒動、あさま山荘事件など左翼勢力が騒動を起こしており、実務的な田中角栄首相が政治的なリーダーとして適任であったので対応処理ができたといえるのではないか。
 民進党の蓮舫党首の国籍問題は、このような混乱の時代に原因を求めることができる。台湾ではこのところ、台湾の独立派(シンガポールのように)が勢力を伸ばし、世論調査でも若い人のほとんどが共産中国よりも台湾独立に関心があるというから、台湾の民主進歩党蔡英文主席が国民党の流れに乗っていた候補者を破って選挙に勝ち政権を握ったのは、自然の流れであったといえよう。しかし同じ略称の党名をもつ日本の民進党蓮舫党首は、党内でも右と左から突き上げられて、党内をまとめ上げることができず、再び選挙政策として異質の共産党と手を握ろうとしている。このままでは党内分裂で地方の小さな選挙さえ落としてしまうことになるのではないか。
 蓮舫党首が得意とするのは「二番でどうして悪いのですか」というコンピューターについての予算査定のときの管理学的な表現が、すべてを語っている。あるのは管理学的な目先の合理性であって、人の心に踏み込むことをしていない。そのため保育園の整備や学校教育に予算をつけなさいというような、目先のことしか見ていない。お母さんたちが求めている保育充実は、自分が働きたい職場に近いところにいつでも子供を預けることができるようにという自分中心の充実であって、保育士の俸給は自分たちが税金という形で支払っていることには考えが及んでいない。これでは複雑な構成の党内の人々をまとめていくことはできないだろう。
 私は国籍の問題は過去の事情から生じたことで、やむを得ないと目をつぶらざるを得ないものがあると思う。掘り繰り返してはいけない個人的な事情も絡んでいるとみている。それよりも真の合理性は何か、どうすれば大局的にみて人々が納得できる施策をすることができるのかについて考えていくべきだろう。単純にヒト、モノ、カネを効率的に使う管理学、経営学の視点で施策をすると失敗すると思っている。蓮舫党首は実務的な田中角栄首相の施策を研究してみるのがよかろう。
 合理性を発揮するのならまず、党内の統一のために左翼的な人々を切り捨てることから始めるべきだろう。社民党でさえ潰れかかっている現在、切り捨てて困るのは沖縄で赤旗を振って人々の安寧を妨げている、本土で食い詰めて沖縄を食い物にしている非合理的な人々やそれを焚き付けている人たちだけであろう。沖縄の人たちが皆、米軍の存在を嫌っているわけではない。仮にアメリカの大統領にトランプ候補が当選したとすると、日本に自律的な防衛力の整備を要求してくる。もし在沖米軍が全面撤退したとすると、日本は現在の何倍もの軍事費を必要とし、場合によっては核兵器さえ整備しないと国防が不可能になるのではないか。現状を見ることが大切である。単に目先の合理性だけで判断してはなるまい。
 
 

転載元転載元: 軍事評論家熊谷直の社会評論

参院選挙後の初国会が始まり民進党の蓮舫参議院議員も党首として、参議院で安倍内閣総理大臣に質問をする機会が出てくる。今のところ衆議院の活動が優先されているので、安倍総理に質問をするのは衆議院議員で民進党の幹事長を務める野田佳彦元総理大臣であるが、二大政党の一方の党首が存在感を示すことができないという状況は好ましいことではあるまい。
 もう一つの蓮舫党首の問題点は、台湾籍と日本国籍の二重籍になっていたということであろう。国連加盟国として国連安保理事会でも重要な役割を務めている日本は、1971年に国連が中国の代表権を中華人民共和国(共産党政権)が保有すると議決したときから中華民国国民政府が支配していた台湾地域を、国連では中華人民共和国の支配地域として扱うことにせざるを得なくなった。そのため翌年1972年には田中角栄内閣のもとで日中国交回復として共産中国を中国の正式代表と認めることをした。しかし台湾地域は実質的には国民政府が支配しているので、日本と台湾の外交的な連絡は、表向きは経済文化代表処という名の民間機関を通じて行ってきた。なお沖縄の日本への返還が行われたのも昭和47年(1972年)であり、この道筋をつけたのは佐藤内閣であったが実際の返還業務は田中内閣が担当した。当時は日本の国内で爆弾騒動や学園騒動、あさま山荘事件など左翼勢力が騒動を起こしており、実務的な田中角栄首相が政治的なリーダーとして適任であったので対応処理ができたといえるのではないか。
 民進党の蓮舫党首の国籍問題は、このような混乱の時代に原因を求めることができる。台湾ではこのところ、台湾の独立派(シンガポールのように)が勢力を伸ばし、世論調査でも若い人のほとんどが共産中国よりも台湾独立に関心があるというから、台湾の民主進歩党蔡英文主席が国民党の流れに乗っていた候補者を破って選挙に勝ち政権を握ったのは、自然の流れであったといえよう。しかし同じ略称の党名をもつ日本の民進党蓮舫党首は、党内でも右と左から突き上げられて、党内をまとめ上げることができず、再び選挙政策として異質の共産党と手を握ろうとしている。このままでは党内分裂で地方の小さな選挙さえ落としてしまうことになるのではないか。
 蓮舫党首が得意とするのは「二番でどうして悪いのですか」というコンピューターについての予算査定のときの管理学的な表現が、すべてを語っている。あるのは管理学的な目先の合理性であって、人の心に踏み込むことをしていない。そのため保育園の整備や学校教育に予算をつけなさいというような、目先のことしか見ていない。お母さんたちが求めている保育充実は、自分が働きたい職場に近いところにいつでも子供を預けることができるようにという自分中心の充実であって、保育士の俸給は自分たちが税金という形で支払っていることには考えが及んでいない。これでは複雑な構成の党内の人々をまとめていくことはできないだろう。
 私は国籍の問題は過去の事情から生じたことで、やむを得ないと目をつぶらざるを得ないものがあると思う。掘り繰り返してはいけない個人的な事情も絡んでいるとみている。それよりも真の合理性は何か、どうすれば大局的にみて人々が納得できる施策をすることができるのかについて考えていくべきだろう。単純にヒト、モノ、カネを効率的に使う管理学、経営学の視点で施策をすると失敗すると思っている。蓮舫党首は実務的な田中角栄首相の施策を研究してみるのがよかろう。
 合理性を発揮するのならまず、党内の統一のために左翼的な人々を切り捨てることから始めるべきだろう。社民党でさえ潰れかかっている現在、切り捨てて困るのは沖縄で赤旗を振って人々の安寧を妨げている、本土で食い詰めて沖縄を食い物にしている非合理的な人々やそれを焚き付けている人たちだけであろう。沖縄の人たちが皆、米軍の存在を嫌っているわけではない。仮にアメリカの大統領にトランプ候補が当選したとすると、日本に自律的な防衛力の整備を要求してくる。もし在沖米軍が全面撤退したとすると、日本は現在の何倍もの軍事費を必要とし、場合によっては核兵器さえ整備しないと国防が不可能になるのではないか。現状を見ることが大切である。単に目先の合理性だけで判断してはなるまい。
 
 
 都庁の豊洲の魚市場移転地問題は、都議が関係し都の担当者も加わったと思わせられる伏魔殿(石原慎太郎元知事の表現)のような問題になりつつあるようだ。ベスト新書の『江戸300年「普通の武士」はこう生きた』によると、日本の役人や政治家は、江戸時代の支配者であった武士の組織の習性をそのまま引き継いでおり、アジアの他の国ほどではないにしても、目立たない形で役得を得るのが習性化しているそうだ。自民党の国会議員としての経験で議員や役人のある程度の裏を知っていたはずの石原にそう言わせるほど、このような習性は根が深いものといえよう。
 旧防衛庁の航空自衛官身分の研究教育職の配置が長かった私は、そのような裏にある程度通じている。ただし幼年学校や士官学校で信義誠実、清廉潔白な生活をするように習慣づけられた帝国陸軍正規将校の伝統をいくらかでも引きついでいる防大出の自衛官は、私自身が裏道に引き込まれることを避けて来ただけでなく、級友たちも一般の役人に比べて清廉潔白に行動してきたと思っている。ただ所属が陸海空各自衛隊のいずれであったかによりいくらかの違いが見られるし、中央勤務が多かったか、末端の部隊指揮官として定年を迎えたかでも違いがある。
 帝国海軍は幼年学校(13歳、14歳で入学)を持たなかったので、海軍の正規将校の海軍兵学校出の士官は、多くが旧制中学を上位の成績で卒業した理数能力に秀でた人たちであった。その伝統を引き継いでいる海上自衛隊の防大出士官たちは、精神的には陸自の幹部自衛官とはちがって技術者的なものが強い。それでは航空自衛官はというと、両者の中間であり、米軍に教わった戦時マニュアルに従うとともに、警察官僚的な役人に盲従する面も強い。細かいことは厚い本にしなければ語りつくされないが、これまでに私が熊谷直の名前で書いた本(左のプロフィールから経歴表を見ると掲載してある)などを見ていただけるとある程度の見当がつくであろう。
 前掲のベスト新書の内容は、熊谷直実以来の武家の伝統を引き継いでいる我が家の家訓や、実際に私が研究した長州藩の歴史と維新活動の実際(曽祖父は鳥羽伏見の戦いの長州指揮官付き)などに照らして疑問に思う点も多いが、大筋では真実に近いと思われる。議員や役人だけでなく、東芝のような松下幸之助氏という苦労人が作り上げた組織や三菱のような大ブランドの組織が崩壊している現状を見ると、時間の経過とともに役得主義という日本的なものがはびこってきているという感じが強くなってくる。  
 そのため、上の者には子分的な人が無批判に従い、上のほうでは上級以上の管理職が組織の横の連絡をすることがないので、組織が一体感を持って活動しない結果になり、三菱自動車社のように現場の勝手な判断処置が行われ続けて誤りが修正されないことになるのであろう。福島の原発事故やナトリウム事故により開発が停止した敦賀のもんじゅの研究所でも同じことが行われてきたと考えている。大学病院の患者死亡事故も同じだろう。
 日本的なこの問題を解決するためには、ドイツの参謀制度に基がある全体の計画・統制・調整を担う組織を作って組織を一体のものとして動かしていく必要がある。しかし形式的にその制度を導入した帝国陸軍でさえ、日露戦争では導入時の香りが残っていたが、昭和に入ってからは参謀たちが参謀総長を中心にして一体のものとして活動するのではなく、少佐時代の辻正信や中佐時代の石原莞爾のように中央との連絡なしに勝手に出先の部隊を動かす組織になってしまっていた。海軍も陸軍に対抗して参謀制度を作ったが、ドイツ的ではなく、国内が一体化した活動をするための参謀組織になっていなかった。そのため海軍参謀は出先の司令官の命令を手足として補助はしても、海軍中央とも陸軍中央とも、まして他の役所とのすり合わせの連絡調整もできない、権限のない技術者の集まりの組織でしかなかった。山本五十六のミッドウェー海戦の敗戦原因の一つがこれであろう。
  大企業のトップたちが日本的なメンバーであり続けると、企業が組織としての一体化された動きをすることができないという現実は容易に改められることはあるまい。まして役人からの天下りのような組織の全体像が分からない人が組織を率いると、ミッドウェーの二の舞をすることになるだろう。これは航空自衛官という陸海のどちらにも偏らないが、同時に文官的な立場も与えられて、陸海空統合の分野で教育研究という職務を果たし、自衛官としての現場でも統合的な職務を果たしてきた私の経験からの未来予測である。これからの自衛隊だけでなく日本の組織が問題を解決して望ましい道を歩んでいくことを願っている。

転載元転載元: 軍事評論家熊谷直の社会評論


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