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先日、吉祥寺のカーニバルという輸入食材・雑貨屋さんで |
ドイツのはなし
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ローテンブルグに短期留学してたころのお話です。 |
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正確には11年前、短期留学していたころのドイツの話です。 今回をあわせて残すところあと3回で終わります。 皆さん長々とお付き合いいただきありがとうございます。 2回目の9ヶ月間の留学のお話はどうするか悩み中です。 今日は、ちょっと難しいかもです。歴史とかお嫌いな方はスルーしてください。 今まで載せてきた写真はいかにも中世のメルヘンチック?ロマンチックなヨーロッパの象徴の ような写真ばかりでした。 ですがこの街、負の遺産もあるんです。 それがこちら。和訳すると「中世犯罪博物館」です。 ホームページの日本語もありますが、これを読むとかえって わからなくなるかもです(笑) できればドイツ語をオススメします。その次は英語ですが、 実は英訳も少しばかり間違いがあるのです・・・・ 中世ヨーロッパでは、盛んに「魔女狩り」が行われていたことを ご存知でしょうか?特にドイツはひどかったようです。 この街も例外ではありませんでした。 魔女というのは、元々は女性で感のするどい人、病を治す薬草を知っていて、 いとも簡単に病気を治してしまうそんな人をやっかむところから生まれた存在です。 それば後に宗教の異端者、反逆者、捕虜に変化していきます。それがさらに変化して 今、私達が知っている魔女象になるのです。 私が思うに、ペストが流行していたときの不安定な世の中のスケープゴート=いけにえ ではないかと思いながらこの博物館を見物しておりました。 まず、この建物。 建てられたのはは1593年です。その当時のものを壁を塗り替え塗り替えまだ現役で 使用しています。 ドイツ人の古いものをずーっと使い続ける精神には脱帽します。 奥に写っている鳥かごのようなものが拷問具です。 あの中に、悪者と称した人を閉じ込めて水に沈めて、異端者であることを自白させたようです。 これは、実際に使われた拷問椅子です。 古い写真なのであまり写っていないのが幸いですが、 実際に使われていたもので、血の跡が残っているのが何とも怖かったです。 ほかにもギロチンなどもありました。残念ながら 写真のギロチンには当時のわたくしがぶらさがっておりまして(笑)←死んだわけじゃないですよ。 プライバシー保護のため、載せるのをやめました(笑) 強制収容所やこういう犯罪博物館などで、負の遺産をきちんと保存し、公開し、
同じ過ちを繰り返さないようにと訴えるところも質実剛健なドイツの精神の表れでは? と思うのは私だけでしょうか? |
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久しぶりにドイツのお話です。 写真が色褪せてますが、10年前ってことで勘弁して下さいね。 9月11日といえば、アメリカで同時多発テロが起きた忌まわしい日。 私も、アメリカの仕事仲間を一人失いました。そんな日ですが、 このお祭り、同じ日の10年前のものです。 思えば10年って色々あったんですね。 最初の写真の少年、とっても可愛いでしょう。 横のおばはんが邪魔だなーと思ったんだけど、いかにもドイツのおばちゃんなので ご愛嬌ってことで。それにしても、どうしてドイツ人ってこういう緑のような青のような 清掃会社の人が着てそうなジャンパーを着てるんだろう? この少年、何をやってるかといいますと、ハンドルを回してるんです。 ハンドルを回すとあやつり人形が動き、箱からオルゴールミュージックが流れるしくみデス。 この少年があまりに可愛くてじーっと見とれていること1時間。 思いっきり目があって(ドキドキ)そして 「やってみる?」って聞いてくれました(キャ―――) 交代して私がハンドルを回し始めると、少年が被っているシルクハットの帽子を 裏返してチップ入れに変身させました。 すると、入るは入るはチップがざくざく。 私が外国人ってのが珍しかったのでしょうか? 日本人もチップを入れてくれました(笑) おかげで、お昼はそのチップでお魚のフライ定食っぽいものをご馳走になりました(笑) お昼過ぎになると、ブルジョアの行進が始まります。 靴下の色の違う民族衣装を着たおっさんの行進、どうですか? そして、こんな催しも。 分銅で体重を量るのですが、この写真のお方、かなり重そうですね。 私もしきりに乗るよう勧められましたが、○○パウンドって言われても わからないからパスしました。 ビールも飲んだし、プレッツェルも食べたんですけど、写真がないんですよ。
きっと食欲に負けて写真撮るの忘れたんでしょうね。 |
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今日も長文です。すみませんね〜 |







