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ひとは弱さと強さのシーソーで揺れ動いています。
こころが強ければ間違った方向には進まない。
確かにそうかもしれません。
しかし、ただ強くなればいいということではありません。
それでは、苦しさから解放されません。
ではなぜひとは、弱さに身を置いているのでしょう。
それは……
選択できるという権利を教わっていないためです。
社会制度でも、家族制度でも、代々、上から目線でひとはネガティブに判断されてきた。
そのネガティブな判断をひとは無意識に受け入れてしまい、
信じて疑わない。
つまり、その事を真実だと受け入れて、
自分で確実決定してしまう。
ネガティブな判断を受け入れたことで、
自分の可能性を絶たれたと勘違いしてしまう。
この判断は繰り返され、
パターン化されるため、ますます
希望の種を育てることができません。
希望の種を育てることができないから、
その場にとどまってしまいます。
動きを止められれば、こころは腐るしかありません。
だから、なにをしても面白くないし、
苦しい戦いになってしまうのです。
弱さには何もないと思いがちです。
だから、自分の足を自分で引っ張ってしまい、
立ち直れないところまで行ってしまいます。
自分自身で同意して下した確実決定を却下することをお勧めします。
ひとはそれぞれの自由を許されています。
自分自身を解き放すことで、
初めて自分の望む希望の種を育てることができます。
強弱にこだわることもありません。
その事が出来れば、もう苦しむことはありません。
状況は問題ではありません。
大切なことは……
いつどんな時でも、自分のあり方だけなのです。
いかに人間がネガティブであるか、
ひとり一人が勇気を持つときだと、
わたしは思います。
つづく
またひとつ幸せになれました。
こころから感謝申し上げます。
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