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主管理人のパソコンも修理から帰ってきたようで、そろそろ復帰するようです。 今日は武豊線の半田駅にある、鉄道資料館と、JR最古の跨線橋をご紹介します。 変なアングルですみません; この跨線橋がJR最古の跨線橋なんだそうです。 中にあがるとこんな看板がありました。 なかの様子はこんな感じで。 外にはこんな表が。 1886年完成って・・・いまから122年前; 改装していても、やっぱり当時のままの部分があるわけですよね・・・。 なんかすごいです。 続いて、半田駅駅前にある、鉄道資料館です。元国鉄職員だった方々の、SL保存会が設立したとか。 建物全体を撮ったはずが・・・データが消えてました orz ちなみに、開館は5月なんだそうで、たまたま整理にきてた方にお話をうかがうことができました。 屋外に展示してある武豊線最後のSL、C11-265です。 SLから気動車に変わるとき、さよなら運転を行った機関車なんだそうです。 C11の運転席。許可を得て撮影。開館されると運転席にも入れるそうです。詳細はわかりませんが; どおでもいいかもしれませんが、SLの運転席って意外とすわり心地がいいんですね・・・w 運転席に座った状態から。これらのハンドル類がすべて可動するのがなんとなく嬉しかったです・・・w なんか「SLで行こう」を思い出すアングル。久々に感動しましたw そしてSLの前にはまた信号機が。今度はポイントと連動するタイプの構造がわかるようになっています。 こういう形で信号機が保存されているのはかなり少ないそうです。なかなか面白いですねw 最後にSLのうしろから。 今回、SLの中を見せていただいた方は、SL保存会の会長さんでした。たまたま居合わせただけだったんですけど、 ご親切にさまざまな資料を提供してくれました。この場を借りてお礼申し上げますm(_ _)m とりあえず、この武豊線シリーズはここまでです。 よくわからない内容だったのは自分(副管理人)の編集能力のなさです・・・すみません; 次は「旅のしおり」で東海道線の車窓でも書こうかなぁと思っています。
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□JR東海 在来線
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ここ武豊を工員輸送用として運行していた電車などをご紹介します。 1枚目の写真の架線柱の下。今でも線路は残ってますが、枕木からは外されているようです。 名鉄線と交差するところです。この先が武豊の駅になります。 おなじく武豊町周辺にある児童館の凸形機関車と車両。先ほどの車両とペアを組んでいたのでしょうか。 こちらは保存状態が・・・・なんか鉄コレみたいですね・・・・ この電車は、工場への工員輸送用として、西武から譲渡された(はっきりしてませんが)ようです。 とりあえず貨物支線の散策はここまでです。 武豊についていろいろ調べたのですが、鉄道に関する資料、情報は少なく、 今回も保存車両を探すのに苦労しました; その1に比べて薄い内容で失礼しました。次は半田駅にあるSL資料館と、 武豊線最後のSL、C11、JR最古の跨線橋について書きます。
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武豊駅を降りて車止めに向かって線路沿いを歩くと、まだ線路の名残として鉄道用地が残っています。 鉄橋の跡と廃線跡。書面の工場の入口に向かって線路が分岐し、 ここから油脂線と呼ばれる線路が延びていました。 この工場の反対側には、まだ一部の線路、架線柱などが当時の姿のまま、撤去されずに残っています。 さらにしばらく歩くと鉄道用地のところに遊歩道ができています。まだ新しいです。 公園にはこんなものも・・・・ そしてこの遊歩道の先には児童公園があり、そこで跡地は途切れています。 武豊駅前の道からは一本道で、途切れた先も、同じ道を道なりに進むと・・・ 見えてきました。最近、地元の子供たちが草むらの中から転車台の跡を発見。 地元の自治体が復元し、公園としてしっかり整備されています。 これが2線式の転車台。説明書きによると当時は手動だったとか。 貨車の入れ替えようだったようですが、効率をよくするために2線にしたとか。 転車台のすぐ隣に武豊港駅跡の石碑が立っています。 こんなものも・・・これで転車台を固定したのでしょうか。 信号機までありました。 その3では半田駅にある鉄道資料館、JR最古の跨線橋について書こうと思います。 〜その3へ〜
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歴史好きの方なら知っているかもしれませんが、武豊線とは大府〜武豊を結ぶ非電化路線で、 知多半島の東側の海沿いを行く路線です。 キハ75系が運用についていて、本数は大体1時間に2本。 区間快速として名古屋へ直通のダイヤもあります。 最初に武豊〜熱田間が半田線として開業。当時、武豊港は日本有数の港で、 東京〜大阪の鉄道が中山道経由で計画されていたことがあり、 武豊港からのレールや機材などの運搬線として開通。 開業直前に貨物輸送のほかに旅客輸送の認可も降りたんだとか。 一方、東京〜大阪の鉄道計画は、中山道経由では難工事が予想されるということで、 東海道経由に変更。1888年に浜松〜大府間が開業。 これにより大府〜武豊間は東海道線の支線という扱いとなりました。 1887年に大府駅が開業。 1895年に路線名称制定で東海道線の一部となり、 1909年の路線名称制定で現在の武豊線という名に。 1915年に今回取材してきた武豊〜武豊港が武豊駅構内の扱いとして開通。 その後1930年に武豊〜武豊港が貨物支線として正式に開業。 どういうわけか武豊〜武豊港間と、日本油脂の工場内への引き込み線は電化されています。 そして1965年に貨物支線、武豊〜武豊港が廃止。 1984年には武豊線の貨物輸送が廃止。 1992年にワンマン運転が始まりました。 その2は武豊港駅跡について書きます。 〜その2へ〜 (4月6日投稿予定)
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今回は武豊線、武豊〜武豊港・油脂線跡のほかに、美濃太田車両区に行きました。 実に1年ぶりとなるわけですが、一部保留車両に廃車が出るなどの動きがあったようなので、 行ってきました。前回は車だったので移動は楽だったんですが・・・ 今回は鉄道を使って行きました。美濃太田車両区って言うくらいだから・・・と思って 美濃太田から歩いたのが間違いでした; 線路沿いに行っても結構距離あるし、高山本線沿いに行ったら車両区にたどり着けないし、 太多線沿いもなかなか気力的に大変でした・・・・; 今回美濃太田にいたキヤ97系 国鉄色・・・?と、なると屋根上の形からキハ82系の中間・・・・ すっきり撮影できるようになりましたが・・・ 前面が見えない・・・;; んで今回は裏から回って・・・・ やっとみれた!急行幕なんですね。なんか気分的にすっきり・・・ でもこのアングルが限界なんですよね・・・障害物の位置と線路の位置の関係で・・・ あと前回きたとき無かった気がするこの標識・・・・自分が見落としてただけかもしれませんが。 今回行ってみて、美濃太田の駅から歩くと道に迷いかねないかも。。。 165系を撮影したトコロから徒歩2分程度で美濃川合の駅が・・・ 美濃川合の駅からは1本道といっても過言ではないくらい単純でした orz 接続的に名古屋からなら中津川経由がオススメかもです。
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