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Sweet Patio
C95ありがとうございました♡

書庫卑劣で甘く優しくて

卑劣で甘く優しくて 1


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内線電話の音に、汐見絢人(しおみあやと)はもどかしさを感じた。

金曜、午後五時。

東京駅に程近い倉城銀行本店は、浮き足立つ気配が漂っている。
絢人の所属する法人部の十六階フロアは、パーテーションに仕切られたデスクが並び、スーツ姿の男女が沢山。
とはいえ、週末の休みを目前に控え、業務に集中する雰囲気はない。
そして、金曜のこの時間、計ったように内線電話を寄越す人間が誰か、絢人は分かっていた。
そのことに胸があわ立つものを感じながら、デスクフォンの受話器を上げた。

「はい」

『先輩ですか?倉城です』

受話器の向こうから聞こえるのは、鼓膜に馴染むバリトンボイス。
予想通り、倉城将孝(くらしろまさたか)だ。

「何?」

『今夜飲みに行きましょう』

「予定がある」

『その後でいいです。何時に終わりますか?』

「疲れるから、いやだ」

『車出しますよ』

「お前が飲めないだろ」

『いいです、先輩が付き合ってくれるなら、俺、水でもぜんぜんかまいません』

口調のかわらない将孝の声が、焦れったい。

「じゃあ、十時に迎えに来て。マリオンの前」

わざと駐車しづらい場所を指定すると、絢人は通話を切るのだが。
どうして断れないのだろう……と、らしくもなく戸惑う。

将孝は、絢人の大学時代からの、二歳年下の後輩だ。
今は同じ倉城銀行へ勤務する同僚。
それ以上でも以下でもない。
それゆえ、ただの先輩後輩の関係が、いつまでもつづくことがないくらい分かっているのに……。

ふと顔を上げれば、デスクをいくつか隔てた向こうに、将孝がいた。
目が合うと、濃紺のスーツ姿の彼は、さも嬉しそうににっこり微笑む。

絢人はドキッとした。
彫りの深い顔立ちは精悍ながらも、その印象は、和やかの一言だ。
穏やかで、優しそうで……。
けれど、絢人は気恥ずかしさを覚えて、スッと視線を反らした。

……ヘンな後輩。

週末はいつもこうだ。
大学時代から、何かと理由を付けては誘ってくる。
押し付けがましさや、妙な態度はなく、空き時間を見つけては、一緒に過ごそうという。
たとえば散歩を控え目にせがむ、従順な大型犬のように。

昔から、将孝はそんな男だった。
だから、絢人は将孝を、気兼ねなく使うことにした。

大学三年の時、新入生の将孝が同じサークルへ入り、絢人の周りをうろつくようになった。
その時の気まぐれで、用を言いつけたのが馴れ初めだ。
それ以来、帰りが遅い時の迎えをさせたり、引越しの荷物を全部片付けさせたり。
文句をまるで言わない彼に、「下僕みたいだな」と、面と向かって言ったこともある。
顔色一つ変えずにニコニコする男に、いっそ呆れたほどだが。

将孝がそれでいいなら、かまうことはなかった。
勝手にしろ。
昔も今も、そう思うことにかわりはない。
今後は……分からなくても。

今年二五歳になる絢人は、気が強く、我が儘な性格をしている。
外見が良く、頭が良く、昔からチヤホヤされてきたので、そのせいだろう。
大学時代は取り巻きのような人間も数多く、その中で一番そばにいたのが将孝だ。
友人とはいえないまでも、先輩後輩の関係がつづいて五年近く。

それが絢人には不思議だった。
下僕にしか思えない存在なのに。
今、将孝がそばにいるのは、あたり前。
少なくとも金曜の夜、大事な用のない限り、将孝と過ごすのは当然の日課だから。

だけど――……。

(あいつが倉城グループ創業者の直系なんて、聞いていなかった)


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