読書 =『静かなドン』ショーロホフ

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                       「映画 静かなるドン」のポスター

 ショーロホフの『静かなドン』を読みました。この小説は旧ソ連時代の代表作のような大河小説です。第一次世界大戦からロシア革命、反革命軍との内戦の時期の、ドン川流域のドン・コサックを描いています。

 まず今回、初めて知ったのは、「コサック」とは何かです(他の資料も調べた)。コサックとは15世紀ころからウクライナ中部に住み着き、やがてドン川流域などにひろがった、軍事的共同体でした。ヨーロッパの没落貴族や逃亡した農奴など雑多な人たちが起源といわれ、農業を営みつつ騎兵としての訓練を積み、戦力としての力量を保持していました。
 戦力として利用価値があったので、ウクライナやロシアの国家は支配下に置こうとしましたが、自治志向がつよいコサックは「ラージンの乱」など大きな反乱をしばしば起こしています。ウクライナ、南ロシアで有力だったのは、ザポロージャ・コサック、ドン・コサック、クバーニ・コサックなどでした。帝政ロシアは、有事における軍事動員を条件にコサックに対して特権的土地利用を認めていたために、コサックは独特な半農半軍事的な集団になっていました。
 帝政ロシアは、軍事的思惑から、各地にコサックの「移植」を試み、「ロシア・コサック」と呼ばれました。アムール、ウラル、ザ・バイカルなどがありました。日本軍がシベリア出兵で利用した現地勢力の一つに、ザ・バイカル・コサックのセミョーノフによる武装勢力がありました。

 ロシア革命の前後、コサックはまず第一次世界大戦に動員されました。第一次大戦さなかの1917年にロシア革命が勃発し、コサックはソビエト、ボリシェビキ(ロシア社会民主党の多数派・のちに旧ソ連共産党)の革命政府の赤軍と、反革命勢力の国内戦争と、外国からの干渉戦争のなかに巻き込まれました。
 コサックは、ボリシェビキの影響も及んでいましたが、土地の特権的使用の既得権もあり、アタマン(頭目)とよばれた支配層を中心に反革命勢力が根強く、軍事的には多くは反革命派に傾いていました。

 小説の主人公、コサックのグリゴーリーは、第一次大戦に動員され負傷して入院中に知り合ったボリシェビキの兵士の話を聞いて、革命側にいったん身を投じます。ところが、帰省中に故郷で反革命の反乱がおき、地域のコサックの気持ちが大きく反革命軍の方に傾く中で、反革命軍に加わります。
 彼の村からは、彼の友人を含め赤軍に参加し戦い抜いたものもいました。1920年には、反革命軍はクリミアから海外に逃亡するなど、赤軍が勝利をおさめます。
 主人公は港で船に乗らず、降伏後は赤軍に入りますが、除隊し帰郷します。自宅に戻ると、妹はボリシェビキと結婚しており、もとは親友だった夫とは、うまくいきません。村の当局に出頭すると、逮捕の危険がせまり出奔して放浪しますが、結局、反革命軍崩れの匪賊の一員となって破滅していきます。

 ドン・コサックの生活と、戦争のありさまを、多くの登場人物を通じて、多面的に描いています。リアリズムの立場から、予定調和的には革命側に立って描いていないので、一時、ショーロホフはドン地域の党から抑圧を受け、この小説の第三部は出版への妨害も受けます。この小説は外国でも好評で、当時からノーベル賞の話もあったらしく、その利用価値に気づいたスターリンが厚遇し、巧みに取り込んでいきます。
 そのことについては、前項でふれた論文「社会主義リアリズムとは何だったのか」(民主文学6月号掲載)が解明しています。これを読んで、この小説を読む気になりました。

 旧ソ連崩壊後だいぶたった現在、この作品を読むことが、スターリン独裁と専制主義の悪影響を一掃するための資料としてはともかく、一般読者にどれだけの意味があるのかは、よくわかりません。

 私的には、言葉だけで知っていたコサックの暮らし、戦いと歴史を知ることができたということでしょうか。中世以来の伝統的コサックの意識が、多くのコサックを反革命に駆り立てたと思います。その社会の因習的、暴力的、放縦な一面も強調されています。1930年代に、スターリンは、コサックに対するホロモドールという飢餓政策・絶滅政策を強行していきました。旧ソ連が崩壊してから、一部でコサック復権の動きもあるようです。

 

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