陶芸、投網とツーリング

あの世へ持って行ける大切な想い出を残そう

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山菜採り



 桜の花が咲き誇り山菜取りのシーズンがやってきました
 戦後間もない食糧難の時代、食料探しは大変でした、私のふるさと日立鉱山は、 足尾、や別子、小坂など日本の代表する銅山とは少し違って民地がなく民間の田畑は一切ありませんでした。
従業員家族併せて10,000人近くの住人の食料は全て鉱山会社の供給所からの配給でした。
供給所への入荷がなければ食料の配給はなくひもじい思いをしました、五軒長屋のとなりと二軒でアンコウ一匹を配給になって分けた記憶があります、子供のころはいつも空腹でやせ細って栄養失調青白い顔をした子供が多かったのを覚えています、戦争に負けて進駐軍がジープで走りまわるようになって昭和25年脱脂粉乳の給食が開始されました、弁当もなく唯一脱脂粉乳一杯が昼の食事の時もありました。
鉱山は国有林の地下資源だけを掘って生活をしていましたので田畑からの食料は皆無で地表の食べ物は山野草を含めてほとんど食料になるものは生きてゆくために採取を覚えました。
入り組んだ沢の上流で採取したカラスドジョウ(サンショウウオ)や沢がになどは貴重な蛋白源でした。
季節は違えどキノコ、山芋、アケビや山栗、今でも山菜取りは子供のころの思い出で山桜の花が咲く頃になると胸騒ぎを覚えます。


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箱根外輪山国有林の杉林、日陰のゼンマイは太く長く柔らかい。

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 今日の収穫
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重炭酸ソーダを入れて茹で上げ灰汁抜き、赤色の上澄みがなくなるまで水を変えて揉みながら天日干しをする。
昨年の乾燥ゼンマイは未だ在庫がある。

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