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軽井沢別荘散歩14
雨宮記念館(旧雨宮邸)
国道18号線に面しているのだが、
鬱蒼とした木々に囲まれ、
まったく、その喧騒を感じさせない
広大な敷地の中に建つ。
俗に雨宮御殿と呼ばれている建物だ。
歴史ある建物で、
もっとも古い母屋は
明治17年(1887)に
建築されたもの。
この建てられた年が重要だ。
初めて軽井沢を別荘地として
紹介した、
A・C・ショー氏が
軽井沢に訪れたのは明治19年のこと。
そして、
初めて大塚山に別荘を造ったのが、
明治21年だ。
この雨宮御殿は軽井沢リゾート誕生の
4年前に建てられているのである。
建てた人物は雨宮敬次朗。
若尾逸平や根津嘉一郎とともに
甲州財閥と呼ばれる集団の一人。
「天下の雨敬」といわれ、
一代で莫大な財産を築いた
立志伝中の人物だ。
右の写真が雨宮敬次朗。
さすが甲州財閥、といわれそうな
悪そうな面構えだが、
この人がいたから、
現在の軽井沢があるともいえるのだ。
明治初年に渡米した経験から、
浅間山麓の原野300万坪を購入して、
米国式農場を造ろうと計画。
この雨宮御殿の母屋は
その開拓農場の本部だった。
農場事業は、
ほとんどが失敗してしまったが、
落葉松の植林が成功している。
毎年、30〜40万本ほど植林して、
その総数は700万本といわれている。
現在の軽井沢のあふれるほどの緑は、
この人のおかげといっても
過言ではないのだ。
江戸末期の写真を見れば一目瞭然、
明治初年までの軽井沢は、
見渡す限りの原野だったのである。
北原白秋の「落葉松」の名詩も
雨宮敬次朗がいたれば、こそ。
人間、見た目じゃありませんね。
まあ、軽井沢の開拓も、
手広く広げた事業の
ほんの一部だったようですが・・・。
母屋のほかに
明治22年に建てられた新座敷と
蔵などが、敷地内に建てられている。
雨宮池と呼ばれる
大きな池も
敷地内にあり、
のんびり散策するにもいい場所だ。
建物は一般公開されているので、
ぜひ寄ってみたい。
近くには軽井沢資料館、図書館、
市村記念館などもある。
一部、画像はWebから借りてきました。
自分の写真もあるのですが、
画像のサイズを軽くする作業が
面倒だったもんで、
すみません。
女性に重要なのは、やっぱり脚です。
キレイな脚を見ているだけで、生きていてよかった、と思います。
って、こんなことばっかり言って、馬鹿じゃないのか?
韓国の人って、
みんな、キレイなんだけど、
なんか、作り物って感じで、
好きになれませんね。
いいんですけど、なんか違うんですよね。
どうしてなんでしょ。
でも、女性も昔に比べて、
本当にスタイルが良くなりましたね。
それでは、また・・・・・
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うちの、娘ちゃん
足長いとみんなに良く言われます…
ただ、アトピーなので
かきはじめると後に残るから
夏は汚く…
最近、色気づいてきたのか
気にはしているみたいですが…(笑)
2018/9/25(火) 午後 3:51
アイリーンさん、ナイス、ありがとうございます。
ブログでしか、お写真を拝見していないけど、
確かに娘さん、スタイルいいですよね。
髪もきれいだし、今から、きっちり育てれば、
スゴクもてる女の子になると思いますよ。
変な男に騙されないように、
大切に育ててくださいな。
[ kumari ]
2018/9/25(火) 午後 4:47