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日本の軍事遺産 5
千代ケ崎砲台
ふたたび
先日、仕事で、また訪れる機会があり
千代ケ崎砲台に行ってきました。
早いもので、以前に訪れた時から
2年がたちます。
齢をとると、本当に時が過ぎるのが
早くて困ります。
あれから、ずいぶんと整備され、
廻りの雑草なども刈り取られ、
キレイになっていました。
何より変わったのは、
以前は土砂に埋没していた
第3砲座がすっかり掘り起こされ、
昔のように、3つの砲座を
上から見ることができます。
整備された第3砲座
まだ、中には立ち入ることができませんが、
第1から第3まで
地下通路で連結していて、行き来することができます。
詳しい図面などは、
日本の軍事遺産2の
千代ケ崎砲台を
ご覧ください。
この通路は地下1階(高塁道)にあたります。
この下(地下2階)に弾薬庫などの
部屋があります。
→揚弾井
地階の弾薬庫と高塁道を結ぶ
砲弾を上げるための穴
この穴からエレベーターのようなもので
砲弾を上階に運んだ。
←第1砲座
各砲座には2門の榴弾砲が備え付けられていました。
砲台の上は芝生の広場になっています。現在は周囲に木々が生い茂り、あまり眺望は望めませんが、
当時は海が一望できました。
千代ケ崎砲台は、観音崎砲台群の南方海上と浦賀湾口、久里浜海岸を防備する役目を持っていました。
この画像の左側奥、一段低くなった
戦艦鹿島の砲塔を備え付けた
砲塔砲台がありました。
終戦まで残存していたとのことですが、どこへいっちゃったのでしょう。
現在は民間の敷地内で、
自由に見学することはできません。
ここに砲弾の着弾などを観測する
観測所がありました。
→右の画像は、その右翼観測所へ連絡するための通路入口。
こちらの観測所跡も、現在は民間の敷地内のため、自由に立ち入ることは出きません。
年に何度か見学会などが
行われているようです。
←以前の写真。第3砲座のある場所は、
こんな感じの原っぱでした。
奥に見える、ちょっと小高くなったところが、
右翼観測所のある場所。
駆け足の見学でしたが、
相変わらず砲台の保存状況は良好で、
なかなか感動します。
来年度に向けて、一般に公開予定とのことですが、まだ、駐車場などの問題もあり、
すぐという訳にはいかないみたいです。
ただ、一般に公開しちゃうと、荒らされたりしないか心配です。
という訳で、また・・・・・
死ぬほど画像が溜まっているので、
少しづつ、アップしていきます。
若いってだけで、いいもんですなぁ。
こんな事、思うなんて、齢をくったもんだ。
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アイリーンさん、ナイスありがとうございます。
[ kumari ]
2018/10/23(火) 午後 3:59
私たちみたいな知らない世代は
こういうのを見ないといけませんが…
リアルに経験した人たちはどうおもうんですかね?
うちの父親大正生まれで戦争経験者で
そのお陰で先端恐怖症と
耳か聞こえません…
隼の整備をしていたみたいで
耳栓しててもダメやったみたいです…
2018/10/23(火) 午後 5:54
アイリーンさん、ど〜も。
体験者じゃない私たちには、どうにも良く分かりませんね。他人に命令されて、死にに行くのはご免なので、戦争の無い時代に生きて、本当に幸せだと思います。
私の田舎は北海道の炭鉱町で、炭鉱の技術者だった父は兵隊に召集されずに済みました。志願兵の募集に行こうとしたところ、祖母が泣いて止めさせたとか。
誰もが家族のために戦おうとした、そんな時代だったんでしょうね。
底辺の民衆はそうですが、上のほうでは、ズルをした人がいっぱいいたと思います。ま、それをズルというのか、頭が良かったというのか。良く分かりませんけど、真面目な人ほど、損をする世の中は嫌ですね。
[ kumari ]
2018/10/23(火) 午後 11:08