江戸の庶民の間には、「上手な人間関係の精神」が浸透していて
「仕草(しぐさ)」をとても大切にしていたと言われます。
| 「狭い階段での往来の粋(いき)」 |
私たちの普段の生活で、居酒屋等での狭い階段でのすれ違いは
どのようにしているでしょうか?
あまり深く考える事はないかもしれませんが
あなたならどうしますか?
江戸しくさには、
庶民の「粋と人付き合い」精神から、このような階段でのすれ違いにも「粋」な仕草を
代々子供にも伝えていました。
階段でのすれ違いは「昇って行く人が、立ち止まり、降りてきた人と並んだ所で
軽く会釈をしてすれ違うことが「粋」とされていました。
他人でも、同じ江戸の地に居住していると言う思いやり、共存感があったのでしょうか
下の人が待ってくれたのですから、上から降りてきた人には
「ありがとうございます」の気持ちを言葉に表わしていたと言います。
今は、なかなかいや、全く恥ずかしさが先に来て出来ませんね。
でも、当たり前のことが、当たり前に出来たらどんなに気持ちが良い事でしょう(^.^)
気づかなかった自分を戒め、少しでも行動に移せるよう努力してみたいものです。
これから、まずは、狭い階段では、昇る時は立ち止まります。
そして、上ってくる人が通りやすく配慮してくれた場合は
声を出して「ありがとうございます」と勇気を出して発すようしようと思います。
この精神の継続があれば、見ている子供たちも
日常として、伝統として、「往来しぐさ」として定着してくれるのでしょうから!
こんな「心の余白」が欲しいですね(^.^)
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そう。心の余白って必要ですよね。…最近、私もある人からそれを指摘されまして。
毎日バタバタしているとつい忙しい…心を亡くす…字の如きになってしまう私ですが、心に留めておきたいです。
2009/8/9(日) 午前 11:09 [ ☆Jupiter☆ ]
今、むすめ達と一緒に読みました。
「へぇ・・・なるほどね」 と感心してましたが
実際に行動に移せるかどうかは・・・(笑)
傑作( ^∇^)σポチッ
2009/8/9(日) 午前 11:09
ブリリンさん
心の余白って中々持てないですよね(>_<)
私も永遠の課題です。
心を亡くすと、忙しい、忘れる、慌しくなりますね・・・
反省そきりです!
2009/8/9(日) 午後 6:56
わごんRさん
娘さんたちと一緒に読んでくれたのですか?
誰も中々実行は出来ませんが、そうやって、一緒に読める親子関係が
大切なのだろうと思います。
とても素敵な関係だと思います
平成の「粋」ですね(^.^)
2009/8/9(日) 午後 6:59
若い頃は、男性や目上の方のために先を譲ることはありましたが、
いつの間にか譲られる立場(年齢)になっていることに気付きました。
最近は遠慮なく・・・
2009/8/10(月) 午後 3:11
思いやり・・・ということが、日に日に失われているように感じます。
自己表現をすることも大事だけど、一方で、わきまえるべきこともありますね。
2009/8/10(月) 午後 9:45
オリーブさん
最近は遠慮なく先を譲って頂いているのですか?(^.^)
譲られる立場(年齢)を重んじてくれる後輩は
江戸しぐさを知らず知らず受け継いでいるのかも知れませんね(^.^)
2009/8/11(火) 午後 3:22
やまぼさん
思い遣り、気配り、気遣いなどが日々薄れているかもしれませんね。
一人では生きていけないとしたら、集団での生活手段として
わきまえる事が必要になるのでしょうね(^.^)
2009/8/11(火) 午後 3:24