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法隆寺を代々修理修復に携わってきた専属の宮大工の棟梁が、現場で迷ったら 「鬼に聞け」 と言ったと云うが
確かに、何かを創造していく過程では常に迷い 「よりいいものを造る為に」 の渦の中にある。
その道の専門家に取って、「鬼に聞け」 というアドバイス程、心強く納得するものはない。
作業、あるいは行動の前に人間は頭と心で考えイメージする。
そのイメージの過程で、神に聞けよりも、「鬼に聞け」 の方が目的に向かう態勢が整い、意欲がわいてくるのは
どうしてだろう。きっと、何かを創造すると云う事は、衣食住も忘れ、集中しなければいけないし、人からは鬼に見える。その鬼に聞かなければ分からない秘伝の技や一流の匠の道があるのだろうか。
とかくこの世は、広く浅くは求めるが、企業も個人も深入りはしないようにしている。
しかし、物作りにおいてはそうあってほしく無い。とことん教ではないが、とことん追求してほしい。
ペヌエルが常に言っている、「これ以上出来ない」というところまで。※これ以上というのは、あくまで何かを創造していく過程で、色々なことが当然起こる。起こった問題をとことん調べ追求して、原因を確かめて解決していく所までやってほしいとペヌエルは考えている。此の事が技術を向上させ、人間を成長させる事であるのを知ってほしい。つまり、具体的に言うと、ある創造物を創造していく過程で、昨日まで正常だった機械が道具が故障してしまった。機械があるいは道具が動かなければ、今日の予定の仕事が出来ない。困ってしまった場合どうするだろうか。迷うことなく、機械をとことん調べて原因を確かめてほしい。そして直してほしいとペヌエルは痛切に考える。このプロセスの数だけ成長できると確信します。
今日の予定の仕事は治ってからでも遅く無いからです。※そのためにはシンプルな機械が良い。コンピューター
制御の機械は心臓が弱いので注意が必要である。そしてそれを治すのも費用がかかる。
強くたくましく、賢い人間が減ってきているのはいささか残念だ。 涙3
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