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どんな分野でも下積みの生活は絶対必要である。90年の人生の中では 5年というのは長いようで
短いものです。非効率と思える事を何度も繰り返す、進まない仕事を何日もする。
まずは、どんな仕事でも道具がある。その道具を自分の体の一部のように使いこなし、日々愛し手入れをする。
職人や先輩の手元を職人、先輩が満足するように考え、動き回る。
職人や先輩に、出来そうな仕事を与えられたら、職人や先輩の手元の合間を縫って、造っていく。
御茶の時間には、10時と3時に職人や先輩が休めるように、素早く準備する。
夕方5時には、職人や先輩が自分の道具を片づけたら帰れるように、整理整頓、掃除は素早く終わらせておく。
道具の手入れは、休憩時間か夜か休日である。
い、の一番にしなければならない事は、かんな、のみ、の 「裏押し」 である。
真っ平らな鋼板に金剛砂をふりかけて、かんなやのみの 「裏押し」をする。
膝間付き、金剛砂に唾を混ぜて、体重を掛けて一心に研磨する。5分もすると額から汗が滴り落ちる。
弟子に入門して、最初にする。兄弟子の洗礼である。
毎晩続く此の洗礼は、自分の持っている刃物を一通り摺るまでである。
膝と腕とケツの両サイドが、攣ってくる。「もういいですか」 「まただ」 6分、7分------「いいですか」
「どれ見せてみろ、まだだ!鏡のようにして自分の顔が映るようになるまでだ」 「はい!」
大工が使う刃物は、どういう訳か、片刃の刃物が多いので、裏押しは必須なのである。
大工にとって裏押しは基本の基なのである。
※ちなみに今は機械化が進み、裏押しという言葉さえ死語になりつつある。
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5年の大工弟子期間
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最近の職人事情はペヌエルが考えている以上に、機械化が進み職人の大技、小技を見せるチャンスが無くなってきている。 機械の扱いが出来て丁寧にやれば、そこそこの仕事は出来るので、セミプロでも出来てしまう。
建築材料もメーカーの創意工夫によって、簡単に取り付けられるようになってきたし、その分職人には量を求められるようになる。そうなると建築分野に興味を持つ若い人が、製造業の一つと考えてますます、成り手が減ってくる。
道具や材料の質が向上してきたら、今度はどんなものを作るか、作れるかとレベルを上げないと、
魅力が無くなってくる。逆に、道具も手道具、材料も丸太にして、
更地の状態から家を完成させる経験を体験させるとかしてみると、以外にやる人が増えるかも。
しかしそれ自体が 3K としてとらえられると逆に敬遠される事もある。
いずれにしても日本の伝統文化や技術の世界をすたれさせてはいけないと痛感する。
となると、教える側や伝える側の責任もある。
政治の責任も大いにあると思うので、TPPの事などよく考えて、あいまいのまま進めないでほしい。
職人の手間も誰でも同じ手間賃だ、なんて考えないでほしい。
腕のいい職人とそうでない職人がいるんだと云う事も知ってほしいし、単純な製造業とは違うんだと云う事も
知ってほしい。
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大工の技術の基礎を学ぶ期間として、最低5年は必要なのである。
高校を出てからでも遅くはないですが、出来れは中学を出たらの方が、頭や体が
やわらかいうちに、仕込んだ方がいいと云う事です。
最初の内は親元を離れて寂しさもあり、兄弟子達との人間関係もあり、
「なんでこんなとこに居るんだろう」 なんて考える事もあるのですが、
仕事は一人ではできないので、此の弟子期間で人間関係を学び、助け合う事を
学ぶのである。
まず、毎日の日課として、朝の掃除から、仕事場へ行く準備をして朝食となる。
台所の板の間での食事で、おとうと弟子が兄弟子のために給仕を伝統的にする。
まさにお寺での修行のように黙々と食事をする。
仕事場に入ると新米の弟子は、掃除や整理整頓が、親方や職人から良くできる
と認められるまでは、黙々と手早く邪魔にならないようにこなしていく。
掃除と整理整頓が出来るようになったら、ようやく職人の手元として、走り回る。
「何と何を持ってこい!」 「はい!」と言う具合に、仕事場のあちこちで、怒鳴り
散らされる。あるいは「此処を持ってろ!」 「はい!」 「何やってんだ!」
「しっかり持ってろ!」 「はい!」 「ほんとに返事だけは一人前だな」とか云われて
笑われたりして、仕事場の雰囲気も良くなったりするのです。
こんな具合に下回りの仕事をしながら、親方から頂いた道具の手入れの方法を
兄弟子から学ぶのである。 夕食が終ると道具の手入れは欠かすことなくする。
最初に「鉋※かんな」と「のみ」の「金板」で、「裏押し」を腕が ガクガクなるまで
「かんな や のみの裏が鏡のようになるまで続ける」 これが大変で、新米の弟子
の最初の試練の峠門である。
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