田舎の食卓

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教会や修道院での、ワイン造りの歴史は古く、ローマ帝国時代より行われていたと云うが、本当にベストな聖業だとペヌエルは思う。信仰は聖書や聖典を学んでばかりではなく、体を有効に使って初めて心情が啓発されるのだと固く信じている。現代の各教会でも、どんどんワインやパン、クッキーなどを製造販売してもらいたい。
勿論、広大な牧場も寄付してもらって、多くの若者の教育の場にしてほしい。
とくに、ワインとパンはキリスト教と密接な関係にある食べ物であるので、一番キリスト教信徒の献身者には向いてると思う。ワインには200ccで約150Kカロリーの熱量がありますが、体内に吸収されやすいエネルギー源で、多くは全般的な体調維持や筋肉エネルギーに回され、脂肪となって蓄積されることが無い。
ワインに含まれるビタミンの内、ビタミンAやCは発酵の段階で少なくなるものの、ビタミンB群は多く、葉酸、ニコチン酸、パントテン酸などは疲労回復、貧血予防に役立つ。またカリウムやナトリウム、鉄などミネラル分も生の果汁に劣らないほど多く含まれているので体調を整えるのに役立つのだ。
それ以上にワインが体に役に立つのは、食欲を増進し、消化に役立つ点です。食前の一杯は精神的なストレスをなくし、鎮静効果を与える点でも効果があり、ワインの酸度は胃液の酸度に最も近く、消化液の分泌を促し
腸の働きを活発にする。アルコールは膵臓の働きを助けるので、脂っこい食事と一緒に取ると効果的だ。
アルコールの取り過ぎはワインに限らず、体に良くないが、肝硬変などの重い障害をもたらすのはアルコールの取り過ぎに加えて栄養不足、とくにタンパク質やビタミン類の不足が原因になっている場合が多く、食事と共に楽しむワインなら、その心配はない。 ワインは緊張をほぐし、味わいの深さではほかのアルコール以上の喜びを得るお酒です。不安やイライラを除き、多種の病気を予防することが確かめられ、非常に健康的な飲み物で、
ヨーロッパやアメリカでは病後の回復期にワインを飲むことを勧めている。
日本でも長野や北海道でワインが作られているが、ぶどうの栽培に適した環境を探すのがワイン造りのカギだ。
ぶどう栽培に影響する気候と土壌
ぶどうは北半球では北緯30度〜50度、南半球でも南緯30度〜50度の範囲で作られている。多くはほかの作物が育たないような、痩せた土地で作られる。 たとえば、砂利の多いグラ―ヴ、粘板岩のモーゼル、石ころがゴロゴロしているシャト―・ヌフ・デュ・パブ、白亜質の土壌でおおわれたブルゴ―二ュの白ぶどうの産地など。
肥沃した土壌では、ぶどうはしばしば質よりも量が出来過ぎてしまうと云う事がある。
土の質がワインに影響を与える例としては、グラ―ヴの赤ワインやローヌの赤ワイン、ドイツのラインファルツのワインに 「土」 のにおいを、サンテミリオンのワインの中に 「鉄」 のにおいを、ナパのワインには、「火山灰」 
による渋みを感じることがある。気候は温暖で変化に富んだ地域がぶどう栽培に適している。
暑すぎて雨量の少なすぎる地域でつくられると、ぶどうは果汁が少なく皮の厚いものできて、色素とタンニンを過剰につくり、赤ワインならかたい、白ワインなら酸の少ない平板なものになってしまいがちだ。反対に雨量が多すぎて日照量の足りない地域では、果汁は多いが糖分が少なく酸の多いぶどうになる。
発酵の際の温度と時間
発酵の際の温度と時間もワインの味わいに影響する。温度が低いと若いうちに飲むのにふさわしいワインとなり、高いとポリフェノ―ルやタンニンが抽出しやすくなって力強く、寿命の長いワインになる。
また、発酵時間が短かければ、若々しいワインに、長ければ力のあるワインになる。醸造家はぶどうの種類や質、どんなワインを造りたいかにより、温度や時間を決定する。
ワインの質と熟成期間
赤ワインの色を決める要素は色素とタンニンです。赤い色はぶどうの果皮からアルコールの働きによって抽出されたアントシアノ―ルで、樽で熟成の間にタンニンと結合して沈澱してゆく。 樽での熟成を終えた程度の若い
ワインは、紫色かかった赤色をしている。紫色は若さ、または未熟さの表れで、ビン詰めにされ、さらに熟成させることにより次第に紫の要素が無くなり、ルビー色、または赤色に変化し、さらに熟成するとマホガニー色 「赤茶色」 になる。 琥珀色がかった褐色になるとワインは酸化して、健康な状態では無くなったことを意味する。
白ワインは黄色の要素であるフラヴォノ―ルという色素を含んでいる。 若い白ワインはクロロフィル 「葉緑素」
が残っているために緑色がかっており、シャブリやモーゼルではこれが特徴になっている。
ブルゴ―二ュの白は麦わら色が特徴。 ドライな白ワインは年代を経るにしたがって、だんだん色が濃くなり、
殆ど色のない薄い黄色に始まり、黄金色、濃い琥珀色になるのが普通。例外はごく甘口のデザートワインで、
はじめから黄金色を帯びている。 保存の悪い状態は濁って黄褐色を帯びてしまう。これをマディラ化という。
▼+▲=心の健康は教会で、体の健康はワインで
「フレンチ・パラドックス」 トいう言葉があります。「フランス人がアメリカ人に比べてより多くの動物性脂肪を摂取しているにもかかわらず、心臓病による死亡率が低いのは赤ワインを飲んでいるからである。」 という説で、
発表されるやいなや世界中で注目されました。 しかし、赤ワインのどの成分がどのように作用するかはまだ研究中です。最も有力なのは、ぶどうのタンニンに含まれるプロシアドールが動脈を保護し、それに加えてコレステロールを取り除く作用があるとする説です。熟れていない果実を食べると渋くて美味しくないのはこの成分によるものですが、ワインにするとプロシアドールは分解されて美味しい味になります。
プロシアドールはコラーゲンを安定させて血管を丈夫にし、ストレスからくるヒスタミンの過剰生産を防ぐ効果もあると云う事です。
「大人のためのミルク」 という言葉はワインについていささか、言い古された感があります。食欲増進剤、強壮剤
健康飲料としてのワイン、とくに赤ワインのタンニンはアルコールを吸収したり、排出したりするときに役立つプロシア二ドールという成分を含んでいるので、ブランデーやウィスキーなどの蒸留酒に比べて、体に負担をかける率が少ないという長所があります。
アステカの王侯貴族に愛されたチョコレート
アステカの人々にとって、疲労回復効果に優れたカカワトルは、「一杯飲むだけで何も食べずに一日中歩ける」
という、まさにパワードリンクでした。 皇帝モクテスマは、一日に50杯ものカカワトルを飲み、ハーレムに入る時も必ず携えていたとか、ただし、カカオは非常に高価だったので、愛飲出来るのはもっぱら王侯貴族だった。
16世紀に入るとヨーロッパは大航海時代を迎えます。スペイン人のエルナン、コルテスは数百名の兵士と共に
メキシコを征服。さらに奥地に分け入った彼は、アステカの都を発見し、カカオで作られたこの不思議な飲み物に出会います。 アステカを征服した彼は、カカオを国に持ち帰り、カルロス一世に献上。ヨーロッパでのチョコレートの歴史は此処から始まります。
コルテスによりスペインに伝えられたカカワトルは、薬用効果の高い飲み物として広まります。ちなみにマヤ、アステカ時代には、「チョコレート」 という言葉はありませんでした。1570年代にメキシコで 「チョコラテ」 という言葉が使われるようになり、スペインでは今でも、「チョコラ―テ」 と呼んでいます。
「チョコレート」 はこれの英語読み。ただし、「チョコラテ」 の語源については諸説粉々、定かなことは今も分かっていません。 スペインでは最初はアステカ流の飲み方をしていましたが、次第に美味しく飲む工夫がなされました。その結果水ではなくお湯で溶かし砂糖を加える、甘く温かい飲み物に生まれ変わります。さらに、カカオの栽培も始められますが、その製造法は門外不出にしていたため、長い間、スペインから他国に伝わることはありませんでした。1世紀にわたり 「スペインの秘宝」 とされてきたチョコレートも、17世紀に入ると徐々に国外に流出しはじめます。まず、スペインの官邸に出入りしていたイタリア商人アントニオ・カルレッティによってイタリアに伝えられます。その後、フランスのルイ13世が、チョコレートの愛飲家でもあったスペインのアンヌ・ド・オートリッシュ王女と結婚。その際、彼女がチョコレートコックを一緒に連れてきた事がきっかけとなり、たちまち貴族の間に広まります。さらにルイ14世が、やはりチョコレート愛飲家だったスペイン王女マリヤ・テレサと結婚。
これによりフランスでもチョコレートは、すっかり定着、ベルサイユ宮殿での園遊会でも供されたといいます。
彼女のチョコレート好きは相当なものだったようで 「王とチョコレートは、我ただ二つの情熱なり」 という言葉を
残しています。ヨーロッパ各国にに広がり始めたチョコレートは、海を越えてイギリスにも伝わります。
此処では他国と違い、王侯貴族だけではなく 「チョコレートハウス」 と呼ばれる専門の店で飲むことが出来る
身近な存在になりました。
微生物機能の利用の一つに、微生物が生産する酵素の利用がある。醸造食品の製造も、じつは微生物の酵素を間接的に利用したものに他ならない。酵素の用途は、医薬、食品加工、洗剤用など多方面に及んでいるが、
工業酵素では、食品加工が最も多い。酵素は生体内の反応を司る触媒の一種であるから、動植物、微生物を問わず、生物なら何でも給源となり得る。ところが50〜60種ある食品加工用酵素の9割までが、微生物由来のものでしめられている。
我が国は、酵素利用技術では常に世界一をリードしてきた。デンプンを原料とするデンプン糖工業では、アミラ―ゼを用いたブドウ糖、麦芽糖の製造が世界に先駆けて開始された。酵素源はカビ、細菌である。次いで放線菌のグルコースイソメラ―ゼにより、ブドウ糖を果糖に変換した、異性化糖の生産がおこなわれるようになった。
異性化糖の生産量は年間100万tを超えている。甘味源の市場を変えた画期的な技術である。
さらに近年にいたって、サイクロデキストリンや、各種のオリゴ糖を生成する特殊な酵素が数多く発見され、新しい市場を開拓しつつある。タンパク質分野では、レンニン「擬乳酵素」 様の働きをもつプロテアーゼがクモノスカビに見いだされ、レンニン代替酵素として、チーズ製造に広く使用されている。脂質分野では、カビ、細菌のリパーゼを用いた油脂の加水分解や、エステル交換反応による油脂の高付加価値化技術 「カカオ脂の製造」 が
注目されている。これらは、微生物酵素の機能の豊富さ、生産性の高さがなせる業である。
微生物の存在なくして、酵素利用技術は成り立たない。人類にとってこれほど有能な微生物を、単細胞の下等生物と呼ぶのは、甚だ不遜な話ではある。
マルコによる福音書 6章1節から
それからイエスはそこを立って、御自分の郷里に入られた。そして、弟子たちもあとに従った。安息日になると、
イエスは会堂で教え始められた。すると、聴いている人々の大半は驚き入って、こう言った。この人はどこでこうしたことを得たのだろうか。また、これほどの知恵がこの人に与えられ、このような強力な業が彼の手を通してなされるのは、一体どうしてなのか。 これはマリヤの息子、そしてヤコブ、ヨセフ、ユダ、シモンの兄弟の大工ではないか。それに彼の姉妹たちも私たちと一緒にここに居るではないか。 こうして人々は彼につまずくようになった。 しかしイエスは続けて彼らにこう言われた。「預言者は、自分の郷里や親族の間また自分の家以外なら敬われないことはありません」 それで、幾人かの病身の者の上に手を置いてその人々を治す以外は、其処で
強力な業をすることがお出来にならなかった。実際イエスは、人々の信仰のなさを不思議に思われた。
そして、村を巡回して教えて行かれた。
さて、イエスは12人を呼び寄せ、2人ずつ遣わすことに取りかかり、汚れた霊たちを制する権威を彼らに与えはじめられた。 また、旅の為に、ただ杖のほかは何も つまりパンも、食物袋も、腰帯の財布の中に銅銭も携えていかず、サンダルを履いても、2枚の下着を着けていかないようにとお命じになった。

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